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まえがき超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)は、深紫外から中赤外という広い波長帯域に感度を持ち、特に通信波長帯である1,550 nm(1 nmは1 mmの百万分の1)において半導体を用いた光子検出器であるアバランシェフォトダイオード(Avalanche Photo Diode: APD)よりも、検出効率(出力カウント数を入力光子数で割った値)、最大計数率(一定時間にカウントできる光子数)、暗計数率(光入力のない状態での出力カウント数、つまりノイズ)、ジッタ(出力信号の時間揺らぎ)など、多くの点で優れている[1]–[5]。我々のプロジェクトでは、量子鍵配送(QKD: Quantum Key Distribution)システムでの実用化を目指してSSPDの研究開発に着手し、6チャンネルのSSPDを100 V電源で動作する小型の機械式冷凍機に実装したマルチチャンネルSSPDシステムを開発した[6]。我々の開発したSSPDシステムは、1,550 nmにおける検出効率が80%達成しており[7]、東京QKDネットワーク実証実験や[8]、量子光学分野の基礎実験でも使用され[9][10]、数多くの優れた成果の創出に貢献している。一方で、光子検出器の応用範囲は、通信・計測から、バイオ・医療まで多岐にわたっている。これらの応用の多くでは1,000 nm以下の光が検出対象であり、これまでは光子検出器としてシリコンAPDや光電子増倍管(Photo Multiplier Tube: PMT)が利用されてきた。シリコンAPDの可視波長帯における検出効率は70%に達しており、SSPDが今後これらの光子検出器と競合し、その応用範囲を拡大していくためには、単に検出効率が優れているだけでなく、最大計数率、暗計数率、ジッタ等の総合的な性能で優位性を築くことが重要である。本稿では、主に1,550 nmの光を対象として我々がこれまでに行ったSSPDの研究開発を総括するとともに、更なる応用範囲の拡大や高性能化を目指して、我々が現在取り組んでいる広波長帯域化、マルチピクセル化について紹介する。マルチチャンネルSSPDシステムの開発2.1SSPDのデバイス構造と動作原理図1にSSPDのデバイス構造(a)と光子検出原理(b)を示す。SSPDの光子検出原理を一言でいえば光子1個のエネルギーで超伝導状態を壊すということになる。そのためには超伝導体の容積を極限まで小さくする必要があり、厚さ5nm程度の超伝導薄膜を、幅100nm以下に加工した超伝導ナノワイヤが用いられている。この超伝導ナノワイヤが光子を吸収すると、ホットスポットと呼ばれる局所的に超伝導状態が壊れた領域ができる。超伝導ナノワイヤにバイアス電流を十分に印加した状態では、このホットスポットの発生をトリガーとして、ホットスポット周辺の超伝導電流密度がある臨界値(これを上回ると超伝導状態が壊れるという値)を超え、ナノワイヤ断面全体の超伝導状態が壊れる。これによりナノワイヤの両端に数kの抵抗が発生するため、バイアス電流は負荷側の50 を流れ、その間にホットスポット周辺のジュール熱が基板に拡散し、ホットスポット周辺は超伝導状態に戻る。最終的に、バイアス電流が再び超伝導ナノワイヤを流れた初期状態に戻る。超伝導ナノワイヤ両端の電圧をモニ12図1 (a) SSPDのデバイス構造 (b) 光子検出原理超伝導ナノワイヤ膜厚: ~ 5 nm線幅: ~ 100 nm(i)光子吸収(ii)ホットスポット発生(iii)ホットスポット拡大(iv)抵抗発生光子(a)↑(b)バイアス電流エネルギー緩和4-2 超伝導ナノワイヤ単一光子検出器の開発寺井弘高超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)は、高検出効率、高最大計数率、低暗計数率、低ジッタという優れた特長から、量子情報分野を中心に量子光学基礎実験や量子暗号通信等のシステム実証実験で、既に数多く利用されている。本稿では、主に量子情報分野での応用を目指した我々のSSPDシステムの開発状況を紹介するとともに、更なる高性能化や応用分野の拡大を目指した最近の研究開発への取組について紹介する。474 量子ノード技術
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