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位置情報だけでなく、時間情報も検出できる設計となっている。飛行時間計測は、光子がある計測点から行って帰ってくる時間を計測することで対象物までの距離が測れる。それは、対象物の深さ方向の情報であり、どのピクセルが光子を検出したかで再現する2次元画像に加えて、深さ方向の情報が加わり3次元画像が得られる。SFQ回路は低消費電力での動作を特長とするが、非常に低インピーダンスの回路であり、ジョセフソン接合1万個を含む回路を駆動するには約1 Aのバイアス電流が必要である。図7に64ビットイベント駆動型SFQエンコーダ回路の顕微鏡写真と出力波形を示す。当初の設計では回路の駆動に370 mAのバイアス電流が必要であったが、冷凍機に実装してテストしたところ、バイアスケーブルで発生するジュール熱による冷凍機の温度上昇が無視できないことがわかった[23]。そこで、回路設計を抜本的に見直し、最終的にバイアス電流を150 mAにまで低減することで、小型の機械式冷凍機で動作させることに成功した。この64ビットエンコーダ回路を64ピクセルSSPDと同一のサンプルブロックに実装し、SSPDに光照射しながらSFQエンコーダ回路の出力を観測した。その結果、光信号入力と同期して、光子を検出したピクセルのアドレス情報(バイナリコード)が出力されており、マルチピクセルSSPDがSFQエンコーダ回路と組み合わせて動作することが確認された[24]。今後は、室温の信号処理も含めてリアルタイムでのイメージング動作を実証すると同時に、米国国立標準技術研究所(NIST)のグループが提案しているN ×NピクセルSSPDから2N本の出力で信号を読み出す手法等を取り入れつつ[25]、SFQ信号処理というNICTの強みを活かして、更なる大規模ピクセル化を進めていく予定である[26]。SFQ信号処理の究極のゴールは、マルチピクセルSSPDとのモノリシック集積化である。我々は、16ピクセルSSPDとSFQ多重化回路のモノリシック集積化に既に取り組んでおり、マルチピクセルSSPDと同一基板上に集積化したSFQ回路を介してSSPDからの光検出信号を読み出すことに成功している[27]。しかしながら、現状の検出効率は0.25%程度と、シングルピクセルのSSPDで得られている80%の検出効率に比べて著しく低い。SFQ回路の作製プロセスで、薄膜のストレスによりSSPDの光キャビティを構成するSiO薄膜の一部に剥離が発生するなど、作製プロセス上の課題がまだ数多く残っており、膜の付着性の向上、薄膜のストレス緩和等、今後改善を図っていく必要がある。今後の展望SSPDの性能はこの5年ほどで劇的に向上し、本稿でも述べたようにその検出効率は既に80%に達している。今後は、応用範囲を拡大するために、様々な波長の光に対して高い検出効率を実現するとともに、高計数率、低暗計数率、低ジッタという検出効率以外のSSPDの特長も活かして、他の競合する光子検出器と性能を差別化していくことが重要である。その際にユーザーの要求をどれだけ的確にとらえて研究開発を進めていくかが重要になると考えている。本稿では紹介できなかったが、NICTではSSPDのバイオ・医療分野での応用を目指して、蛍光相関分光(FCS)への適用を進めている。これは、SSPDのアフターパルスがないという低ノイズ性、高速性に着目した応用で、FCSで使用する可視波長用のSSPDを開発し[28]、シリコンAPDでは難しかった分子の回転拡散の観測に成功している[29][30]。また、深宇宙通信への応用を目指した大面積のマルチピクセルSSPDの開発にも、宇宙通信研究室の研究者と連携しながら取り組んでいる。今後、どれだけ新たな需要を発掘し、その中で既存の光子検出器との性能競争を勝ち抜き、応用分野を広げていけるかが研究開発の鍵となると考えている。謝辞本稿の執筆にあたり、日頃から議論していただいているフロンティア創造総合研究室・超伝導デバイスプロジェクトの三木茂人主任研究員、山下太郎主任研究員、宮嶋茂之研究員、藪野正裕研究員、川上彰主任研究員、今村三郎研究技術員に感謝する。また、SFQ回路の作製でご協力いただいた産業技術総合研究所の永沢秀一氏、日高睦夫氏、FCSに関して有益なご議論を頂いたフロンティア創造総合研究室の原口徳子主任研究員、大阪大学大学院生命機能研究科の平岡泰教授、北海道大学大学院先端生命科学研究院の金城正孝教授、山本条太郎氏に感謝する。本研究の一部は科学研究費(基盤研究(A) No. 26249054)の助成を受けたものである。4図764ビットイベント駆動型SFQエンコーダのチップ顕微鏡写真と出力波形514-2 超伝導ナノワイヤ単一光子検出器の開発
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