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が発足し、12カ国、41機関の研究チームによる研究開発が始まった。同じころNICTでは、量子鍵配送装置のプロトタイプの開発を三菱電機、NEC及び東京大学に委託し着々と基盤技術を開発していった。量子計測標準分野では、単一イオンを共振器内に閉じ込め自在に制御することで、周波数標準の確度を向上させる技術や、単一光子を生成制御する技術を開発した。第2期中期計画(2006~2010年度)2003年に行った超加法的符号化利得の実証実験では、単一光子の偏光・経路変調符号という特殊な信号を使っていた。しかし、実用化にはレーザー光の状態(コヒーレント状態)に対して量子計算を実装する必要がある。第2期中期計画では、コヒーレント状態からなる量子ビットの制御技術の開発を本格化した。コヒーレント状態の量子ビットは、『シュレーディンガーの猫のパラドックス』として知られ、その生成は量子物理学積年の夢であった。NICTでも2003年から試行錯誤を続けていたが、2004年にフランスのシャルル・ファブリ研究所のグループが基礎技術を論文発表し、初めて同じゴールをねらうライバルの存在を知る。2005年秋にはデンマークのニールス・ボーア研究所でもシュレーディンガーの猫状態を生成したとの報が入り、12月にはシャルル・ファブリ研究所がついにシュレーディンガーの猫状態の生成をサイエンス誌に投稿したことを知る。先陣争いに敗れた落胆からはい上がり、我々も独自の実験装置の改良を進め、2006年夏にこれまでとは質的に違った高純度のシュレーディンガー猫状態の生成に成功した。その後、この技術を用いて、猫状態の大きさ(波の振幅)を増幅する技術や、猫状態の奇数光子と偶数光子の比重を自在に制御する技術など、新しい技術を次々と開発し、量子光学に新局面を切り開き新しいICTへの基盤を構築してきた。成果は物理・光学分野で最も著名な国際論文誌に掲載された。シュレーディンガーの猫状態生成と並んで量子ICTの実現に欠かせないのが、パルス内の光子数を正確に識別できる光子数識別器である。光子数識別器は低雑音であるのはもちろん、光子を電気信号に変換し読み出す効率(量子効率)もほぼ100%に近くなくてはならない。このような要求を満たす光子数識別器として、超伝導転移端センサーの開発を産業技術総合研究所、日本大学、物質材料研究機構に研究開発を委託し、世界トップレベルの光子数識別器を開発していただいた。量子暗号分野は、フィールド実験の時代に入り、日本では三菱電機、NECに続き、NTTにも本格参入していただき第2期中期計画に移行した。ヨーロッパでは、SECOQCプロジェクトの下で多地点間の量子暗号ネットワークの構築が始まっていた。2008年10月8日、ウィーンでSECOQCのフィールド実験が研究者や報道陣に公開された。平均の伝送距離は30㎞、鍵の生成速度は1kbpsで音声の完全秘匿化を行える性能だった。日本では2010年10月に、NICT、NEC、三菱電機、NTTのほか、東芝欧州研究所、ID Quantique、オーストリア工学研究所やウィーン大学にも参加していただき、最新鋭の量子暗号ネットワーク“Tokyo QKD Network”を開設し、動画伝送の完全秘匿化に世界で初めて成功した。わずか2年で伝送距離は、SECOQC ネットワークの2倍近くの50 kmに伸び、暗号化速度は100倍以上に向上した。また、各機関の仕様の異なるQKD装置を相互接続するための最新のアプリケーションインターフェースを開発し、ネットワーク運用を行いながら様々なノウハウを蓄積した。量子計測標準分野では、2種の異なるイオンを共振器内で共同冷却することで、周波数標準の確度を向上させ、高精度で周波数を測定する技術を開発した。第3期中長期計画(2011~2015年度)第3期中長期計画では世界トップの光子数識別器を生かして、量子通信の基幹部品となる量子受信機の開発に取り組んだ。これは1つの光信号パルスに対して量子計算を行い、究極のビット誤り率を実現する受信機である。量子受信機の原理実証は、2011年にNICTが世界に先駆けて成功した。また2013年には、猫状態生成技術を拡張し、光入力信号を無雑音に増幅し遠方に転送する「量子増幅転送」を発案・実証した。しかし、これらの技術はまだ実験室内の限られた環境下でしか使えず、超シャノン限界通信の実用化は依然として至難の業で、抜本的に新しい技術を開発する必要がある。実際、光学素子のみでの実現には限界があり、より強い非線形相互作用を実現できる超伝導素子の導入などが必要と考えられる。第3期中長期計画後半では、超伝導素子上で磁気的な量子ビットとマイクロ波量子を強結合させるための新たな研究も始まった。量子暗号分野においては、Tokyo QKD Network上で新しいセキュリティアプリケーションの開発に取り組んだ。まず、量子暗号によって生成した暗号鍵を2つの拠点のIPルータに供給し、IPパケットごとに完全秘匿化を行いかつ改ざん防止の認証を行う技術を開発した。この技術によって、オープン系として動いているインターネット上で、重要通信を行う拠点間に完全秘匿なプライベートネットワークを自在に構成できるようになる。また、暗号鍵をスマートフォンやド232   情報通信研究機構研究報告 Vol. 63 No. 1 (2017)1 緒言

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