HTML5 Webook
60/72
の利点を生かして、光と原子の相互作用のエネルギーを、光自身のエネルギーや原子自身のエネルギーより大きくすること(g > Δ, ω0「深強結合」の実現)が初めて可能となった。従来、光と原子の相互作用のエネルギー、特に電磁場の真空ゆらぎが原子に及ぼす相互作用の大きさは、原子の全エネルギーに比べると微小であり、ラムシフトなど原子のエネルギー準位にppmにも満たないごく僅かな補正を与えるに過ぎなかった。ところが、今回の実験では、相互作用のエネルギーが回路中の人工原子の全エネルギーの中で最大となっており、ラムシフトも87%と桁違いの大きさであると推定される。これほど相互作用が大きくなると、光と原子結合系の最低エネルギー状態(基底状態)も直観と異なる奇妙な状態となる。これまでの常識では、原子が最低エネルギー状態にあり、かつ電磁場は平均光子数0の真空状態であることが、光と原子結合系の自然な基底状態であった(図6(a))。ところが、今回の実験では、相互作用エネルギーが光子のエネルギーや人工原子の励起エネルギーよりも大きいため、外部から光子を注入しなくても、基底状態の平均光子数は有限の値(1.8)であると推定される。言い換えれば、大きな相互作用エネルギーによって増強された真空ゆらぎを人工原子がまとっている状態である(図6(b))。さらに、「深強結合状態」では、光と原子の系の対称性から、量子遷移に選択則が観測され、図6に示すような基底状態を含む全状態で光と原子の量子もつれ*4が実現されていることを示唆している。図4 光子と人工原子から成る分子状態の測定で使用した電気回路a.等価回路(Xやxはジョセフソン接合を表す。)LC回路(青と黒)、超伝導人工原子回路(赤と黒)b.量子LC回路の一部に組み込まれた超伝導人工原子(赤枠内)白い部分はアルミニウム、灰色の部分はシリコン基板c.超伝導人工原子回路(b.赤枠内の拡大図)量子LC回路と共有される辺には、ジョセフソン接合が4個並列に設置されています。SQUID構造が採用されているので、異なる外部磁場の使用で、可変インダクタンス(a.等価回路の黒部分)として振る舞い、同一試料でありながら、複数の異なる結合強度を実現可能図5 新たな深強結合状態の分光測定結果 横軸は人工原子のバイアスエネルギー、縦軸は入力マイクロ波周波数を示す。深強結合状態ゼロバイアス付近の複雑な透過スペクトルは、試料中に光子と人工原子から成る安定な新しい結合状態の存在によって、初めて説明できる。 5/9図6 原子が光子をまとった新しい基底状態(出典: NTT技術ジャーナル2017.3 p.71 図5) *4量子もつれ(entanglement: エンタングルメント)複数の粒子間に量子力学的な相関がある状態。量子もつれ状態にある2つの光子(電子、量子ビットなど)では、片方の状態が決まるともう一方の状態もそれに応じて決まり、その関係は粒子間の距離に依存しないといった特異な性質である。量子暗号、量子計算の実現に欠かせない量子状態であり、現在では積極的に活用されている量子系の重要なリソースである。56 情報通信研究機構研究報告 Vol. 63 No. 1 (2017)4 量子ノード技術
元のページ
../index.html#60