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まえがき情報ネットワークの基幹回線を行きかう光信号に最適な量子制御を施せる量子ノード技術を実現するためには、光子や原子のような量子物理系を測定し、制御できる極限技術が欠かせないとされる。イオントラップ中でレーザー冷却により真空中に静止したイオン量子系は、レーザー光等を用いて個々の量子状態の計測・制御が可能であるのみならず、トラップ電場とクーロン場を介して系全体の量子状態を制御可能であるという顕著な特徴を持っている[1]。また、光共振器内の量子場と結合させることにより、光子とイオンとの間で量子状態の変換が可能であることも知られている[2]。これらの特色によりイオン量子系は量子ノードとしての応用のみならず、量子コンピューター[1]、量子シミュレーター[3]、光周波数標準[4]の候補として広く研究が行われている。本稿では、NICTが取り組んできたカルシウムイオン(40Ca+)とインジウムイオン(115In+)の極限計測・極限制御に関する研究開発と、光周波数標準への応用について述べる。イオントラップ中でレーザー冷却されたイオン量子系の特徴については文献[1]が詳しいが、ここでは簡単にその概要を述べる。複数個イオンの蓄積に最も一般的に用いられるのは図1(a)に示す形状の線形イオントラップと呼ばれる装置である。超高真空中に設置された線形イオントラップを数10 MHzの周波数、数100 Vの電圧の交流電場と直流電場で駆動することにより、イオンを電極の中心部分に閉じ込めることができる。イオントラップ自身にイオンを冷却する機能はないため、レーザー冷却と呼ばれる方法でイオンを冷却する。イオンが静止すると、イオンから発生する蛍光光子を微弱光撮像装置(Image-intensified CCD: ICCD)で撮影することにより直接観測することが可能である。図1(b)はレーザー冷却により一列に配置したCa+の蛍光像である。この状態では、イオンが環境から隔絶されたまま光の波長以下の領域に局在し、個別に量子状態の観測・制御が可能な状況が数日に及ぶ長時間にわたって継続して実現される。量子ノードをはじめとするイオン量子系の応用はこれらの特徴を利用する 2ではイオン量子系の極限計測と極限制御の基本的なツールであるコヒーレント光源について実施した研究開発の概要を述べる。3では、それ自身でのレーザー冷却が容易ではないIn+の運動制御を行うための共同冷却法の研究開発について述べる。4ではこれらの研究開発成果の応用として実施したIn+時計遷移周波数計測の概要について述べる。5でまとめと今後の展望について述べる。イオン量子系計測制御用コヒーレント光源   イオン量子系の計測と制御では、イオン生成、レーザー冷却、量子状態初期化、量子状態測定等の様々な操作に単一モードのコヒーレント光を用いる。イオンはイオン種固有の共鳴波長を持っており、その波長でのコヒーレント光を準備する必要がある。また、コヒーレント光の持つ線幅は、対象とする遷移の持つ線幅に対して十分狭い必要がある。図2にIn+ とCa+の主な遷移波長と線幅を示す。Ca+は半導体レーザーで直接発振可能な波長の遷移のみで構成されており、コヒーレント光源系を準備しやすいのに対し、In+は紫外域に遷移を持つため、レーザーの波長変換等の手法で光源系を構成する必要がある。ここではIn+ とCa+のコ12図1 (a)線形イオントラップと(b)その中でレーザー冷却されたカルシウムイオン(a)(b)4-4 イオン量子系の極限計測と極限制御早坂和弘 和久井健太郎 大坪 望 李 瑛 松原健祐 井戸哲也量子ノード技術の実現には、量子系を測定し制御できる極限技術が必須とされている。イオントラップ中でレーザー冷却されたイオンについて実施した極限計測・極限制御に関する研究開発と、これらの研究の光周波数標準への応用について述べる。594 量子ノード技術

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