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択的不安定化法により、In+を中心に配置して量子状態の制御・計測を行うことが可能となった。この手法は大きなイオン数へも適応可能だと考えられる。3.3サイドバンド冷却イオントラップ中でのイオンの運動を量子化すると、イオンの振動状態はフォノンと呼ばれる量子数で指定されるようになる。イオンの電子状態を操作するレーザー周波数を調整することにより、フォノンを1個ずつ取り除いて振動基底状態へ遷移させることができる。この手法はサイドバンド冷却と呼ばれている。1個のCa+と1個のIn+からなるイオン配列に対して、Ca+の電子遷移を用いてサイドバンド冷却を適用する研究開発を大阪大学大学院基礎工学研究科との共同研究で実施した[10]。2個のイオンからなるイオン配列の振動モードのうち、イオンの配列軸方向で個々のイオンが逆位相で振動するモード(out-of-phase mode)にサイドバンドを適用したところ、フォノン数の平均値として0.096が得られた[10]。この値はイオン配列が振動基底状態まで冷却されたことを示しており、フォノンを介してIn+の量子状態を読み出すための量子論理分光法が適用可能であること[11]、光周波数標準に応用した際に相対性理論の時間の遅れによる周波数シフト量を10-17以下まで低減できることを意味する。インジウムイオン時計遷移周波数計測開発したイオン量子系の極限計測と極限制御を光周波数標準へ応用するための研究開発を時空標準研究室で実施した。光周波数標準では周波数安定化を施したレーザー周波数を、原子やイオンの狭線幅遷移(時計遷移)の中心周波数へとフィードバック制御することにより、普遍的な高精度光周波数を実現する。この光周波数は光周波数コムを用いて精度を保持したままマイクロ波領域に変換され、1秒の生成に用いられる。光周波数標準の主要な二方式の1つである単一イオン光周波数標準はH. Dehmeltにより1980年代に提案された。この方式では27Al+と171Yb+を用いた研究開発で10-18台の不確かさが報告されている[4]。In+はDehmeltが提案した単一イオン光周波数標準の候補の1つであり、最近の理論的研究によっても各種の周波数シフトが小さく、10-18台の不確かさが予測されている[4]。また、提案された他のイオンでは量子状態測定が複雑な技術を要するのに対し、In+では比較的容易な方法が適用可能である。これらの利点を組み合わせて、現在の主要な二方式の利点を統合した複数個イオン光周波数標準も提案されている[4]。しかしながら、In+の時計周波数計測を報告した研究は2件のみであり、その不確かさは10-13台にとどまっている[12][13]。また報告された周波数値には約1kHz以上の差があり、不確かさの誤差を考慮しても一致しない。より小さな不確かさでの測定で、遷移周波数を確定することを第1段階の目的としてIn+の時計周波数計測を実施した。過去の研究例ではIn+自身でレーザー冷却を行い、他の機関で校正された周波数標準を用いて時計遷移周波数計測を実施したのに対し、本測定ではCa+により共同冷却されたIn+に対して、NICT内で校正された2種類の周波数標準を基準として周波数計測を行った。In+の量子状態測定は図2(a)に示す1S0-3P1遷移からの蛍光観測で行い、時計遷移励起のコヒーレント光(時計レーザー)の照射後、波長230 nmのコヒーレント光源でIn+を観測し、蛍光光子が観測されれば時計遷移が励起されていない、観測されなければ時計遷移が励起されたとして励起確率を求めて時計遷移のスペクトルを取得した。In+から観測される蛍光光子数は毎秒250個程度であった。図10はスペクトルの一例で、In+の初期状態と時計レーザーの偏光方向を変えることで、時計遷移周波数ν0に対して対称に分布する2つのスペクトルを取得している。1回の測定ではこれらのスペクトルの中心値+、-の平均値として周波数0を決定した。スペクトル取得の際、遷移を励起する時計レーザーの周波数は、NICTで生成する協定世界時(UTC(NICT))、または光格子時計を基準として測定した。36回の測定で得た0の平均値として時計遷移周波数を求め、残留磁場などの物理的要因で生じるIn+の系統的シフト、周波数基準からの周波数リンクで生じる系統的シフトを評価し、すべて考慮して得られた時計周波数は1 267 402 452 901 049.9(6.9)Hzとなった。過去の報告での周波数値と4図10 In+時計遷移のスペクトル634-4 イオン量子系の極限計測と極限制御

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