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まえがき昨今、気候や地表の変化をとらえる地球観測衛星では観測領域が広範囲かつ高分解能化されていることに加え、発災時における即時緊急観測が重要視されるようになってきており、短時間で大容量の観測データを伝送することが求められている。JAXAではこの大容量データ伝送要求にこたえるために、地球観測衛星−地上局間の伝送システムにKa帯(26 GHz帯)周波数を適用することを計画している[1]。Ka帯周波数(25.5– 27 GHz)は、これまで地球観測衛星で使用されてきたX帯周波数(8.025–8.4 GHz)に比べて割当て可能帯域幅が4倍あり、飛躍的な伝送速度向上が期待できる。しかしながらKa帯周波数は降雨による減衰が大きく、常に回線を成立させるためには衛星の送信性能(実効等方放射電力:EIRP)の向上が必要となる。一方で、地球周回衛星においては時間の経過とともにアンテナの指向方向の制御が必要であり、EIRPの向上に効果が大きい大形アンテナは、観測しながらデータを同時に伝送する際の制約を生じさせやすいことから採用が難しい。そこでEIRPの向上に寄与する大電力増幅器の採用が不可欠である。しかしながら衛星搭載機器は消費電力量と発熱量が厳しく制限されることから、電力効率の高い非線形領域での動作が必要となり、高速伝送に有効な多値変調方式を使用した場合に伝送特性の劣化が生じる問題がある。そこで我々は、伝送特性の劣化要因である増幅器の非線形性を衛星側で事前に線形化する信号歪み補償技術の適用を検討している。本稿では、衛星搭載を前提とした信号歪み補償技術によって衛星通信路に存在する非線形性を抑圧し、伝送特性が改善できることを実験的に確認した結果を報告する。非線形歪み補償回路の種類歪み補償方法には大きく分けてフィードバック方式とフィードフォワード方式が存在する。フィードバック方式はフィードバックループの群遅延特性の影響により動作帯域幅が制限されることから、広帯域信号を扱うKa帯通信システムには適さない。一方、フィードフォワード方式は広帯域性に優れる。フィードフォワード方式をアナログ回路によって実現する場合、歪み補償用増幅器自身による伝送特性の劣化を避けるため、補償用増幅器は線形動作する必要があり、電力増幅器全体の電力効率が低くなるといったデメリットがある。また補償対象の増幅器及び補償用増幅器自身の特性の経年変化に応じて、歪みの補償特性を最適化する必要があり、良好な伝送特性の維持が難しいというデメリットがある。フィードフォワード方式によってディジタル的に非線形性を補償する手段として、ディジタルプリディストーション(DPD:Digital pre-distortion)技術がある。DPDは補償対象となる増幅器の非線形性を測定等によりあらかじめ入手しておき、増幅器に入力する信号に逆の非線形性を与えることによって、増幅器の出力信号から歪み成分を取り除く技術である。DPDのメリットは、ディジタル的に生成される送信信号に対して補正係数を乗算するだけで任意の歪み補償特性を容易に表現でき、また時間に対して不変であることや、歪み補償特性データを記録素子に書き込む方式とすることによって、必要に応じて歪み特性を簡単に修正できることにある。これらの特長により、衛星打上げ後であっても最適な特性を安定的に維持することができる。DPDの補正係数の表現には、多項式による近似やLUT(Look-up Table)を参照する方法などがあり、一般に、処理の複雑度は増幅器の特性と実現される歪み補償の性能に依存する。増幅器の周波数依存性が十123-9 衛星通信路の非線形歪み補償実験中台光洋 谷島正信JAXAでは地球周回衛星−地上局間の伝送システムの高速化のために、Ka帯(26 GHz帯)の利用を計画している。本稿では、衛星搭載を前提としたディジタルプリディストーション(DPD)技術によって衛星通信路に存在する非線形性を抑圧し、伝送特性が改善できることを実験的に示す。また、DPD技術の適用によって、地上局内折返し通信路と28 GHz帯の衛星折返し通信路において1.8 Gbps伝送時のBER規定値における1ビット当りの信号電力対雑音電力密度比(Eb/No)の差を0.4 dB程度にまで小さくできる結果が得られたので報告する。1333 超高速衛星通信技術

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