HTML5 Webook
17/102
はじめに現代は情報通信技術の飛躍的発展で世界がますます小さくなり、ヒトと機械が入り混じった複雑で大規模な社会ネットワークに特徴付けられる。しかしヒトはあくまでヒトであり、社会の中でヒト特有の行動様式が生まれ、時に大きなストレスがかかる。ヒトに優しい社会システムを設計し、新たなサービスを生み出すためには、このような実社会ネットワークにおけるヒト特有な行動と背後に存在する脳の活動パターンを理解することが重要である。社会行動の個人差と扁桃体インターネットやソーシャルメディアでも日々経験するように、他者に対しどう行動するか、他者をどう認識するかが社会行動の要である。その重要な基礎に、他者と自分で資源や情報をどう配分するかを決める「分配行動」がある。分配行動における、公平に振る舞う、あるいは自分の取り分を多くするといった個人差はどういう脳のメカニズムから生じるのであろうか?この問題が重要なのは分配行動の個人差が単に分配だけでなく、投票行動や寄付行動、精神疾患といった多くの重要な問題と関係することが知られているためである。これまでは利己的に振る舞おうとする情動・報酬システムを、熟慮を行う前頭葉の認知システムが抑制することで公平な行動が生じるとする考え方が支配的であった。しかしながら、情動・報酬システムが無意識的な意思決定により不公平を避け公平な行動に至る可能性もある。我々は公平な分配行動が前頭葉による意識的な熟慮に基づいて行われるのか、あるいは情動・報酬システムにより無意識(直観)的に決まるのか調べる実験を行った[1]。まず被験者の社会価値志向性(social value orientation)と呼ばれる分配の個人差を測定した。具体的には、匿名の相手とのお金の分け方を、約10秒で3択から選んでもらった(図1a)。選択肢1は自分と相手の報酬の和を最大にして差を最小にするので向社会的、選択肢2は自分の報酬を最大にするので個人的、選択肢3は差を最大にするので競合的な選択と呼ばれる。全部で64名の被験者に課題を8回行ってもらい、6回以上一貫した選択をした39名の被験者(向社会的 25名、個人的 14名)に、脳活動を調べる機能的核磁気共鳴装置(fMRI)実験に参加してもらった。fMRI実験(図1b)では、自分と相手の報酬の組合せが提示され(図の例の場合、自分が36円、相手が177円)、被験者は組合せの提示後、できるだけ早くその好ましさを1-4段階で評価し、ボタンを押した。報酬の組合せは自分の報酬も相手の報酬も平均が100円で最大200円、最少0円となるような円周上から36点選んだ。この課題は、各被験者の評価に“自分の報酬”、 “相手の報酬”、 “不公平さ (報酬の差の絶対値)”という3種類の変数がどう影響するか定量的に決めることが可能であるのが特徴である。これら変数と相関する脳活動を探し、被験者グループ間でその活動に違いがあるか調べたところ、向社会的な被験者では、扁桃体の脳活動と“報酬の差の絶対値”の相関が見つかった(図2a)。一方、個人的な被験者にはその関係は見られなかった。さらにこの扁桃体の活動から、各々の社会的な被験者が、報酬のペアの評価において“差の絶対値”(不公平さ)”を嫌がる程度が予測できた(図2b)。扁桃体は脳の深部にあるアーモンド状の構造で、我々がヘビを見て素早く逃げる準備をしたり、122現代は情報通信技術の飛躍的発展により世界がますます小さくなり、ヒトと機械が入り混じった複雑で大規模な実社会ネットワークの時代である。本稿では我々が研究を進めてきた社会行動の中で生じる脳活動情報を解読し、応用するための研究の現状と将来展望について紹介する。We are living in the huge and compex social network consisting of both humans and machines. Here, we describe our reseach efforts and future perspective to decipher such human real-world social behaviors.2-2 人間の社会的行動を脳活動情報から解読し応用するための研究2-2Deciphering Real-World Human Social Behvior from the Brain春野雅彦Masahiko HARUNO132 脳情報デコーディング技術
元のページ
../index.html#17