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相手の顔の表情を読み取るなど、素早い (直観的な)危機管理を行ったりする際に関与することが知られている。我々の研究結果は、公平性という高度に社会的な概念の基盤に前頭葉があるという従来の支配的な考え方に反して、魚やネズミから発達している構造である扁桃体が重要であることを見いだした。不公平に対する扁桃体の活動パターンから将来のうつ傾向を予測      これまで扁桃体が不公平を避け公平な分配行動に関与することを見た。従来、大量の人々の質問票や行動を追跡調査するコホート研究で、経済的な不公平とうつ症状に強い相関関係があることが示されてきた。また、うつ病の患者には扁桃体/海馬の脳活動や体積が変化することも知られている。我々はこれらの知見から、不公平に対する扁桃体/海馬の脳活動パターンから現在と将来のうつ病傾向を予測できるのではないかと考え、被験者にfMRIを計測しながら最終提案ゲームを行ってもらった[2]。最終提案ゲームでは、まず提案者がお金の分配の仕方を提案し(例えば提案者自身に269円、返答者に232円 図3a)、次に返答者がその提案を受入れるか拒否するかを決定する。返答者が受け入れればお金は提案どおりに分配され、拒否すればどちらの取り分も0円となる。もし自分の取り分をできるだけ多くすることを考えるなら、どんな提案でも受け入れる方が得であるが、ヒトは取り分が20%より少ない不公平な条件では拒否することが多いことが知られている。提案が示される段階での不公平に対する脳活動を調べたところ、これまでの研究と同様に扁桃体の活動が見られた(図3b)。被験者にはこの最終提案ゲームのfMRI実験の同時期と1年後の2回、Beck Depression Inventory II (BDI)といううつ病傾向テストを受けてもらった。AI技術を用いて各被験者の不公平に対する扁桃体/海馬の脳活動パターンからfMRI実験と同時期と1年後のうつ病傾向予測を試みた(図3c)。その結果、同時期(左)と1年後(右)の両方においてうつ病傾向の実測値と予測値の間に正の相関が見られ、不公平に対する扁桃体/海馬の脳活動パターンからうつ病傾向予測が可能であることが分かった。我々は様々な性格テストや経済状況調査、不公平以外の脳活動パターンからうつ病傾向を予測することも試みたがうまくいかなかった。このことは不公平がヒトの精神状態に及ぼす影響の大きさとその過程への扁桃体/海馬の関与を示すとともに、特定の情報処理プロセス(今の場合は不公平)に対する脳活動パターンからの予測手法が持つ能力の高さを示唆する。3図1社会価値志向性の神経基盤特定に用いた実験課題。a: 被験者のグループ分けのための選択課題 1 向社会的 2 個人的 3 競争的選択。b: 脳活動を計測するfMRI実験のための課題 報酬の組合せの好ましさを4段階で評価図2実験結果 向社会的グループと個人的グループ及び向社会的グループ内での個人差と扁桃体(赤)の脳活動。a: 向社会的グループは扁桃体が自分と相手の報酬差の絶対値と相関する活動を示した。b: 向社会的グループの各被験者が報酬の組合せ(ペア)の評価において不公平を好む程度と扁桃体の不公平に対する脳活動とに負の相関があった。14   情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)2 脳情報デコーディング技術

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