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は、素人動作の目標(狙っている場所)や結果(ダーツが刺さった場所)といった運動情報のフィードバックを実験的に操作することによって、素人動作に関するエキスパートの予測能力が向上する条件(実験1)と、向上しない条件(実験2)を設定した。【実験1】・エキスパートに、素人がダーツを投げている映像を見せ、ダーツがどこに命中したかを予測させる。・素人が中心を狙ってダーツを投げているというヒントを与え、毎回予測の答え合わせをする。【実験2】・エキスパートに、実験1と同じ映像を用いた予測課題を実施する。・素人が中心を狙ってダーツを投げているというヒントを与えず、さらに、毎回の予測の答え合わせもしない。 両条件とも同じ素人動作を観察したにもかかわらず、予測能力が向上する条件のみで、運動課題におけるエキスパートのダーツ成績が無意識のうちに悪化した(図3)。この結果は、単に他者動作を見ることによって生じる従来の模倣運動伝染では説明できない。つまり、予測に依存した新しい運動伝染の存在が示唆された。加えて、エキスパートが、予測能力を向上させるために、動作観察に伴う予測誤差の情報を利用していると推測された。この予測誤差とは、エキスパートが予測した素人動作と、実際に素人が行った動作との間の誤差のことである。我々は、他者動作観察中の予測誤差こそが、自己動作を変化させるという仮説を立て、次の実験を行った[27]。この研究では、大学野球部員が被験者になった。被験者は、自分がターゲットの中心を狙って実際にボールを投げる運動課題と、他者のピッチャーが主にターゲットの右上方向にボールを投げる映像を見る観察課題を行った。予測誤差を操作するために、予測誤差ありのグループには「ピッチャーは真ん中を狙っている」、予測誤差なしのグループには「ピッチャーは様々な場所を狙っている」と異なる教示をした。前者の教示によって、被験者は「ピッチャーが投げるボールは真ん中付近にくるだろう」と予測する。しかし、実際には、ボールは主に右上に投げられるため、ここに予測誤差が生じる。一方、後者の教示によっては、被験者は特定の予測ができないため、予測誤差は生じない。実際の運動課題のデータを解析すると、予測誤差がない場合、被験者が投げたボールの位置は、観察したピッチャーが投げたボールの位置と同じ方向、つまり右上方向にずれていった(図4青丸)。この結果は、模倣運動伝染が起きていることを示唆した。一方で、同じ動作を観察したにもかかわらず、予測誤差がある場合、被験者のボールの位置は、予測誤差の方向と真逆の左下方向にずれていくことがわかった(図4赤丸)。この結果は、単なる模倣運動伝染では説明ができなく、これとは異なる、他者動作観察中の予測誤差によって生じる新しい運動伝染、予測運動伝染の存在が強く示唆された(図4)。以上より、運動伝染には、少なくとも模倣運動伝染と予測運動伝染の2種類が存在することが明らかとなった。これら2つの運動伝染には、異なる脳の情報処理過程が関与すると推測できる。他者動作を観察する際、まるで自分が行っているように、脳はその動作を内的にシミュレーションすると考えられている[35]。他者動作の観察中や直後は、このシミュレーションの図3 エキスパートの素人動作に対する予測能力とダーツ成績の関係図4右上方向に投げるピッチャー動作を観察後に被験者が投げたボール位置の変化213-1 人間の感覚・運動機能の理解と機能改善・向上のための研究
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