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影響を受けるため、観察者は他者動作に類似した動作を生成しやすくなると推測される[26]。一方、動作観察中に予測誤差が生じる場合、その予測誤差が脳のシミュレーション過程を修正するため、観察者の動作が予測誤差を修正する方向に変化すると想定している[27]–[31]。このような運動伝染には、脳内のミラーニューロンシステム(MNS)が関与しているだろう。近年のニューロイメージング研究より、MNSの中核である腹側運動前野は下前頭葉と下頭頂葉などを広汎につなぐ脳内神経線維(上縦束第3ブランチ)のネットワークに所属していることがわかってきた。実際、このネットワークは、運動の模倣だけでなく、運動の心的シミュレーション、運動結果の予測、予測誤差処理、身体認知など多岐にわたる機能に関与している[1][3][5]–[7]。上述の結果は、自己の運動を変化させる運動伝染の有効性を示している。このような方法は、観察者の動作を無意識のうちに望ましい方向へと導くことのできる、新しい運動トレーニングやリハビリテーション法の開発へとつながっている。冗長な筋を制御する脳の仕組み我々の身体には何百という数の筋が存在し、脳はこれらをうまくコントロールしている。個々の筋へ意識を向けることなく、膨大な数の筋を協調させることができる脳の情報処理の仕組みは一体どのようなものなのだろうか。我々は、この仕組みを明らかにすることで、高齢者や運動疾患患者の運動機能改善やスポーツ選手のフォーム改善を支援するシステムの開発に役立てる試みも行っている。膨大な数の筋の制御について、情報処理の観点から重要な点は、関節を動かすために最低限必要とされる数よりも多くの筋を有しているという点である。これを筋の冗長性と呼ぶ。冗長性は代替が効くという意味では生体にとって非常に有意義であるが、それを制御する中枢神経系の側から見ると非常に厄介な問題である。ある運動を行おうとした際に、これを実現し得る筋活動パターンは無数に存在するため、脳はその無数の解の中から1つの解を選び出さなければならないからである。解を1つに絞り込むために脳が用いている方略として、「最適化仮説」[36][37]と「筋シナジー仮説」[38]が候補として挙げられている。最適化仮説とは、何らかの基準(評価関数)に基づいて、無数の解の中から最適な解を選び出しているとする仮説である。筋シナジー仮説は、協調して活動すべき筋群はあらかじめ神経的に結合しており、それが拘束条件となって解が絞り込まれるという仮説である。これら2つの仮説は決して排他的なものではなく、互いに補完し得る考え方を含んでいる。以下では、数学的定義が厳密に行える最適化仮説を用いて脳が冗長問題を解決する仕組みを解説する。肩関節と肘関節の2自由度の身体を冗長な数の筋(8つの筋)で制御する状況を考える(図5A、B)。図5Bは、各筋が単独で活動した時に発揮するトルクベクトルを示したものである。例えば、肩の単関節屈筋である三角筋前部(濃青)は、横軸(肩トルクの軸)に沿ったベクトルとして表現され、肩と肘の両方に作用する二関節屈筋である上腕二頭筋(シアン)は、2つの軸の成分をもつ斜めのベクトルとして表現される。ところが、人間の二関節筋は、屈筋–屈筋、または、伸筋–伸筋の組み合わせしか存在しないため、トルク空間内の筋の分布には偏りがある。つまり、脳は、このような偏りのある8つの筋トルクベクトルをうまく組み合わせることによって、目標とする2次元トルク4図5A:水平面内での肩関節と肘関節のトルク発揮課題 B:各筋が単独で活動した時に発揮するトルクベクトル。図中には合計8本の筋が描かれている。肩屈筋と肩伸筋には各2本のベクトル(アウターマッスルとインナーマッスル)が描画されている。C:筋が最も活動する方向。色使いはBと同じである。A,B,C:[41]より改編22   情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)3 ニューロフィードバック技術

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