HTML5 Webook
44/102
多感覚認知メカニズムの解明と解析技術の活用 2.1視覚メカニズムの解明と解析技術の活用私たちの周囲に存在する様々な物は、材質や表面特性の違いにより、独特の質感をもっている。ヒトは、このような物の質感を視覚情報から見分ける高度な能力を有している。当研究グループでは、質感の主要な要素の1つである光沢(物体表面のつや)に着目し、その知覚メカニズムを明らかにしてきた。特に、両眼や頭部運動によって得られる、異なる視点からの網膜情報が光沢の推定に寄与することを心理物理実験により実証した[1]。また、fMRI脳活動計測実験によって、光沢知覚の情報処理に関わるヒトの脳部位を世界で初めて特定した[2]。この実験では、「光沢感は照明の強さに大きな影響を受けない」というヒトの視覚特性(恒常性)を利用し、照明を変化させても、光沢が高いときに脳活動が高くなる部位を調べた(図1に視覚刺激の例を示す)。また、特定の視覚的特徴(光沢・形状・方向等)に注意を向けるとその処理が促進されるという脳の仕組みに基づいた注意課題の実験も行い、光沢に注意を向けた際に活動が高まる脳部位も調べた。両者の実験の結果、大脳視覚野の腹側経路に位置するhV4、VO-2及び背側経路に位置するV3A/Bが光沢知覚に関与することが明らかになった(図1)。これまで、腹側経路は物体認識を担い、背側経路は空間や行動に関わる処理を担うという、2つの独立経路が想定されてきたが、今回の実験は、光沢知覚に対して両経路の関与を示しており、脳内の視覚情報処理の基本原理を明らかにする上で重要な知見を与えている。質感は対象物の魅力や心地良さに影響するため、工業デザイン等においては質感が極めて重要な要素とされている。しかし、個人が感じる質感を言葉で表現するのは難しく、異なる人が感じる質感を比較するのも容易ではない。よって、本研究を更に発展させて、主観的な印象報告に頼らずに、質感を脳情報から客観的・定量的にとらえられるようになれば、上質感や高級感といったヒトの感性に訴えかける製品開発への展開が期待できる。一方、ヒトは視覚情報に基づき、対象物の形状や質感を推定しているだけでなく、自己の身体状態の把握も行っている。「自分が動いている」という知覚(自己運動感覚)は、広視野に与えられた特定の動きパタン(optic flow)によって生じる。これは視覚誘導性自己運動感覚(Vection)と呼ばれており、「自分が乗っている電車が発車したと思ったら、実は隣の電車が動いただけ」という錯覚は、この視覚機能から生じている。当研究グループでは、視覚誘導性自己運動感覚の処理に関わる脳部位を明らかにするためのfMRI実験を実施した[3]。この実験を可能にするために、広視野(水平視野角100度)の立体映像をMRIの高磁場環境下で提示できるシステムを世界で初めて開発した(図2)。2図1 ヒトの光沢知覚に関わる脳部位の解析左:実験で用いた視覚刺激の例、右上:高い光沢に対して賦活する脳部位、右下:大脳皮質における視覚情報処理の経路図2 fMRI用広視野立体映像提示装置眼前のスクリーンに右眼用・左眼用の映像を遠方から投影し、超広角レンズを通して映像を見ることで広視野立体映像の観視を実現している。40 情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)5 脳機能の理解と知見応用のための各種アプローチ
元のページ
../index.html#44