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これまでの心理実験により、自己運動感覚は、静止・ランダムな動きパタンでは生じず、一貫性のある動きパタンに対してのみ生じ、その視野角が増大するにつれ自己運動感覚は強くなることが知られている。本実験の結果、視覚の動き処理に関与が示されてきた脳部位において、各刺激パタンに対する異なる応答特性が得られたが、心理学的知見と最も一致する脳部位が大脳内側部のCSv(帯状溝視覚野)であることから、この部位が視覚誘導性自己運動感覚の生起に特に関わることが明らかとなった(図3)。近年のVR(仮想現実)技術は、広視野映像の提示により身体反応を引き起こすような新たな臨場感体験を与えている。本実験の解析手法や知見を活用していくことで、将来、VR映像がヒトにもたらす正負の影響を脳活動から客観的に評価可能になると期待される。2.2聴覚メカニズムの解明と解析技術の活用ヒトは、音の空間知覚において優れた能力を有している。音環境を再現するために通常ステレオ音の収録・再生が行われているが、これは両耳に届く音の時間差・音圧差をヒトの脳が感知して、音の左右方向を知覚するからである。一方、ヒトは上下方向からの音も聞き分けられる。これは、頭部や耳介における音波の共鳴・干渉・反響等により、上下方向からの音が鼓膜において異なる周波数特性を持ち、それを識別する機能を脳が有するためと考えられている。実際、耳管で収録した音(バイノーラル音)を聴くと、頭部の外の空間に音が広がって感じられる。当研究グループでは、このメカニズム解明に取り組み、耳介のどの形状特徴が3次元空間からの音の周波数特性を規定するかを明らかにした[4][5]。さらに、音の空間知覚に関わる脳機能を解析するために、fMRI実験を実施した[6]。この実験では、事前に異なる方向からの音をバイノーラル音、ステレオ音、モノラル音で収録し、実験1では音源位置の同定課題、実験2では音の種類の判別課題を行わせた(図4)。実験の結果、バイノーラル音ではpSTG(上側頭回後部)の活動の高まりが見られたことから、音を頭部外に定位させる機能をこの脳部位が担っていることが明らかになった。一方、話し手の音声と映像が空間的に一致していなくても、音声が映像の方から聞こえるというクロスモーダル現象(腹話術効果)が知られている。この現象をfMRI実験で解析したところ、音の空間知覚に関わるpSTG の脳活動が、実際、映像提示方向からの音刺激の反応に近づくことが明らかとなった(図5)[7]。聴空間知覚に関するこのような脳機能解析技術は、将来、個人に最適化された3次元音場の再現や聴覚障害者の音源定位機能の支援等に向けた活用が期待されている。図3 自己運動感覚の生起に関わる脳部位の解析視覚的動きに応答する脳部位の刺激サイズに対する応答特性を示す。静止パタン(Static)やランダム運動パタン(Random)とは異なり、前進によって生じる一貫性のある視覚の動きパタン(Coherent)が広視野に与えられると自己運動感覚が生じる。刺激サイズ(水平方向, 視度)脳活動応答(BOLD % 変化)図4 音の空間知覚に関わる脳部位の解析左:音刺激は四つの象限に置かれたスピーカから提示。右:実験1(音源位置同定課題)と実験2(音の種類の判別課題)において、ステレオ音と比較してバイノーラル音で活動が高まる脳部位を示している。415-1 多感覚情報処理の脳・認知メカニズムの解明とその応用

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