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提示装置を用いて、香りの時空間提示と感触生成を厳密に制御し、異なる香りが感触(硬さ・ざらつき知覚)に与える影響を心理物理学的手法の1つである調整法により検討した(図11)。本実験の結果、実験参加者は白檀(Sandalwood)の香りを付加すれば硬い表面はより硬く感じ(図12)、薔薇(Rose)の香りを付加すれば滑らかな表面はより滑らかに感じることが分かった(図13)。この結果は、特定の香りの付加が硬さ・ざらつきのいずれかの感触知覚に影響を与えることを示している。嗅覚と触覚は、一見、無関係のように思われるが、日常生活の中で「触ること」と「香りを感じること」を同時に体験することは、多々ある。例えば、焼きたてのパンをちぎったときの「しっとり感」と「香ばしさ」、レモンを絞ったときの「弾力感」と「酸っぱい香り」といったように、感触と香りの情報が連関して与えられることも多い。よって、本実験で得られた嗅覚と触覚の相互作用が日常経験の中から獲得された可能性も考えられる。ただし、特定の香り成分が直接的に感触知覚に影響するのか、香りから連想されるイメージが感触知覚に影響するのかに関しては、未知な点が多く、更なる検討が必要と考える。さらに当研究グループでは、嗅覚刺激が視知覚に与える効果についても定量的な解析を進めている[17]。今後、嗅覚のクロスモーダル効果に関する知見の蓄積とそのメカニズム解明に取り組んでいく予定である。香り技術の1つの応用先は、医療・ヘルスケアの分野である。嗅覚に障害が生じると、食事を楽しめないだけでなく、有害な食べ物・飲み物の誤飲や、火災の危険を察知できない等の問題を引き起こす。また、高齢者の多くが嗅覚に障害を持っているが、その症状が進まない限り嗅覚低下を自覚しないと言われている。これは、視覚・聴覚と異なり、病院や健康診断で簡易に扱える嗅覚の検査装置が存在しないためである。そこで、当研究グループでは、香り提示装置“アロマシューター”を活用した嗅覚検査システムの開発とその有効性の定量的評価を進めている[18]。今後、このような嗅覚検査装置の開発・普及が進めば、嗅覚障害のみならず、嗅覚機能と関連が深いと考えられている精神疾患の早期発見にも役立つと考えられる。また、嗅覚刺激は情動や記憶の中枢に対して直接的に影響を与えると考えられており、香りが心身の快適性や心地良さを生み出す可能性も指摘されている。嗅覚のクロスモーダル効果に関する知見は、香りを感触や画像と組み合せることにより、ヒトの感性に訴えかける豊かな表現・情報を演出できる可能性を示している。例えば、感触に特定の香りを付加することにより、製品の高級感、安心感、清潔感等を喚起・補強することも考えられる。香り技術は、映像技術・音響技術と比べると未成熟であるが、香りは人々の生活を豊かにする可能性を多分に秘めており、今後、香り技術の発展により、新しいメディア・コミュニケーションの創図11 嗅覚と触覚の心理物理実験実験参加者は、異なる種類の香りをかぎながら手に感じる感触(硬さ・ざらつき)を判断。図12 香りが硬さ知覚に与える効果硬い表面に対して、白檀(Sandalwood)の香り提示は薔薇(Rose)の香り提示や無臭と比較してより硬いと知覚された。図13 香りがざらつき知覚に与える効果滑らかな表面に対して、薔薇(Rose)の香り提示は無臭と比較してより滑らかと知覚された。455-1 多感覚情報処理の脳・認知メカニズムの解明とその応用

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