HTML5 Webook
50/102

出につながっていくことを期待している。多感覚認知・脳機能の解析技術の応用に向けた取組3.1全脳fMRIデータの機械学習よる心的状態の推定ヒトの心的状態(mental state)は、外界からの感覚情報だけでは決まらず、頭の中で行っている課題や記憶からの想起情報によっても規定される。心の中で何を感じて何を行っているのかを外見から推測することは困難であるが、脳活動を分析すれば心の状態を推定できる可能性がある。心的状態を脳情報から推定できれば、様々なシステムがヒトに与える正負の影響を高精度で評価できるようになるだけでなく、自己の内的状態を把握・表現することが困難な高齢者・障害者に対する支援にも大きく寄与すると考える。このような狙いの下、当研究グループでは、感覚情報を何も与えずに、純粋なメンタルタスク(心的課題)を幾つか行わせたときに、脳活動からどの課題を行ったかを推定可能かを検証するfMRI実験を行った[19]。本実験では、心の中だけで「数字のカウントダウンを行う」「ポジティブな経験を思い出す」「ネガティブな経験を思い出す」といった課題を行わせたときの脳活動データを取得した後、脳活動をもとに課題の識別が可能かを機械学習により検討した。その結果、ほとんどの課題間で統計的に有意な識別率が得られることが分かった。この結果を踏まえて、頭の中だけで行ったYes/No判断を全脳fMRIデータだけから推定できるか検討した[20]。この実験では、まず実験参加者に「数字のカウントダウン」と「ポジティブな記憶想起」という2つの心的課題を行わせ、全脳のfMRIデータを機械学習にかけてこれらの課題識別システムを構築した。その後、別の日に複数の質問に対して「Yesならカウントダウン」「Noならポジティブな記憶想起」といった課題を行う実験を実施した。その結果、先の課題識別システムを用いて、fMRIの1スキャン(2秒)のデータだけからでも73.6~80.8%の精度でYes/No判断を推定可能で、12スキャン(24 秒)のデータを用いれば、正答率は83.3~96.7%まで上昇することが明らかになった(図14)。以上の結果は、fMRIデータに基づく心的状態推定がかなり有望であることを示しており、将来、様々なシステム評価や高齢者・障害者支援に対する本技術の適用が期待できる。3.2脳情報に基づく注意状態の推定ヒトは、作業負荷が高くなると、通常の状況では容易に気付くような音(警告音など)も聞き逃してしまう。この現象は“非注意性難聴(Inattentional Deafness)”と呼ばれている。これは、ヒトの注意の資源容量には限界があり、特定の課題に注意の資源を多く用いると、他の課題に使う資源が不足するためと考えられている。作業中に警告音を聞き逃すと危険な状況に陥る可能性もあり、自らの注意状態を常に把握しておきたいが、現実、作業をしながらそれを正確に把握するのは難しい。よって、当研究グループでは脳情報から注意の状態を推定できないか実験的な検討を進めている。そこでまず非注意性難聴が生じる際の脳の活動状態を調べるためにfMRI実験を実施した[21]。この実験では、航空機の操縦を模擬したシステムをMRI内に構築し、警告音を聞いたらボタンを押すといった課題を行わせた(図15(a))。実験の結果、警告音に正しく反応した場合と比較して、警告音を聞き逃した非注意性難聴の状態においては、右のIFG(下前頭回)とPre-SMA(前補足運動野)の活動が高まっていることが確認できた(図15(b))。一方、実空間においては、MRIのような大型の脳活動計測装置を用いることは困難であるため、脳波(EEG)による非注意性難聴の検出を試みている[22]。従来のインタフェースでは、ヒトの反応・行動に応じてシステムの状態を変化・適応させてきたが、将来は、行動には現われない脳内の状態を直接的に計測・推定することにより、ヒトの内的状態に最適化されたインタフェースが実現できるのではないかと考えている。3図14 全脳のfMRIデータに基づくYes/No判断の推定例数字のカウントダウン(Countdown)とポジティブな記憶想起(PAM)という2つの心的課題でYes/No判断を行わせた時の2秒のfMRIデータだけから課題識別システムを用いてどちらの判断を行ったかを推定した結果(赤い点)を示している。46   情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)5 脳機能の理解と知見応用のための各種アプローチ

元のページ  ../index.html#50

このブックを見る