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学研究で包括協定を結ぶに至り、2011年には、大阪大学の研究スペースを借用してではあるが、脳情報通信融合研究センター(CiNet)が発足した。それと同時に、大阪大学吹田キャンパス内にCiNet専用の研究棟の建設が始まり、2013年に竣工した。現在では、CiNet関係者約200名がこの研究棟で研究を遂行している(図1)。 CiNetの目指す研究開発CiNetは、人間の脳活動を精密に計測し、その結果を基に人間の脳機能を理解し、研究成果を社会へ展開をする研究機関である。脳活動を計測するために、7テスラのMRI装置1台と3テスラのMRI装置3台、MEG 1台があり、世界的に見ても有数の規模と優れた研究環境を有する研究センターである。国立研究開発法人として、民間では取り組みにくい基礎的な研究を着実に推進するとともに、大阪大学や他の研究機関との連携により幅広い分野を巻き込んだ融合研究に積極的に取り組んでいる。研究開発は、大きく分けて4つの方向を意識しながら進めている。人間と人間をつなぐ研究、人間と機械をつなぐ研究、人間と情報技術を結び付けた研究、人間の脳機能を計測するための技術開発研究である。通信(コミュニケーション)の最大の目的は、人間から人間へ「情報」を伝達することである。「行間を読む」という言葉があるように、ある人間の思いを正確に「通信する」ことはかなり難しいことである。人間の脳機能が高度に複雑であるだけでなく、幅広い個性の存在もその要因である。したがって、人間の認識、感性、こころを科学的に理解し、より客観的な評価を可能にすることは、円滑な通信の実現に不可欠である。その意味での質の高い通信は、より良い社会を作り出す大きな力となるものと期待されている。様々な機械に囲まれて生活する現代人にとって、機械との「通信」は不可避であり、より良いインターフェースはQOL(Quality of Life)の向上に不可欠である。健常者のみならず、疾患を患っている方のコミュニケーション手段の確立やリハビリテーションの促進、介護機器の開発などにもつながる研究である。脳の活動をより正確に読み解く技術もこの範ちゅうの研究に含まれる。脳活動計測データを、単に信号強度の時間変化として解析するだけでなく、4次元情報とネットワーク解析という情報科学的手法を組み合わせることで新しい「脳情報」が得られる。このような研究を医療情報と組み合わせると、痛みの可視化や精神疾患の評価技術ができるようになる。また、「ゆらぎ」といったこれまでにない発想を脳機能解析に持ち込むことにより、生き物や脳のもつ独特の情報処理アルゴリズムの秘密を解き明かすことも期待されている。これらの成果は、近年注目されている人工知能分野において新しい端緒を拓く可能性がある。これらの研究は、精密な脳機能計測技術に支えられており、これを更に発展させることは、脳情報科学研究の進展に直結する。CiNetの7テスラの超高磁場を発生することのできるMRIを活用し、サブミリ領域でのMRI機能画像の取得技術開発を進めている。また、BOLD法という血流変化に依存したMRI機能画像取得法だけでなく、拡散現象を利用した新しい計測技術の開発も重要な課題である。これら4つの研究の流れの中から既にいくつかの興味深い研究成果が得られている。本研究報告では、その一部を紹介したい。CiNetは融合研究の場であり、研究者は常に本来の研究目的に立ち返り、最適な手法を考えている。したがって、「4つの流れ」は、それぞれ独立ではなく、いろいろな形で連携して進められている。この雰囲気を次章以降の報告で感じていただければ幸いである。CiNet研究成果の展開2011年にCiNetとして研究を開始して以来、様々な研究成果が生まれてきた。これらを社会へ発信する活動も重要である。毎年1回、東京と大阪とで交互にCiNetシンポジウムを開催し、CiNetの研究成果を分かりやすく伝えるための活動を行っている。この企画は一般社会人、高校・大学生が対象であるが、企業の方々を対象とした広報活動にも取り組んでいる。東京では、NTTデータ経営研究所の応用脳科学コンソーシアムにおける取組であるCiNetワークショップに協力し、研究成果の発信に努めている。また、大阪では、大阪国際サイエンスクラブの金曜サイエンスサロンに協力し、脳情報科学に関する成果を紹介している。どちらも、2013年より継続的に活動しており、CiNetの成果発信の一助となっている。このような活動の効果もあって、企業からの問い合わせも多数あり、話し合いの中から共同研究に発展した例も多い。商用サービスに結び付いた研究課題もあり、CiNetで生まれた技術の社会実装が実現され始めている。NICTは、国立研究開発法人として、中長期の研究開発計画に基づいて活動しているが、第4期中長期計画(2016–2020年度)においては、CiNetの活動は、データ利活用分野に位置付けられている。これまで述べてきたような、脳情報科学の基礎研究や応用研究を更に232 情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)1 緒言 CiNetにおける研究開発について
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