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らのうち、特に本稿では、視覚と運動を手掛かりに、脳の情報処理視情報処理メカニズム解明を目指す著者らの研究を紹介しながら、その成果の将来的な産業応用への可能性について論じたい。ヒトの脳の視覚手掛かり統合メカニズム―立体視に着目して―        2.13D視を実現する様々な手掛かりのヒト脳内統合過程次世代映像呈示技術の1つとして3D(3次元、立体)映像呈示が話題に上ることが多くなった。私たちは普段、特別な努力をしなくとも当然のようにものを立体的に見ることができるため、3D映像技術の開発はデバイスの小型化や低価格化のみがボトルネックであり、3D視の理論自体は単純であると思われるかもしれない。しかし、ヒトがなぜ世界を立体的に知覚できるのか、その詳細な脳内情報処理機構はまだ解明されておらず、映像技術の開発は必ずしもヒトの脳の処理に合わせて最適化されていないのが実情である。例えば、バーチャル・リアリティ技術と絡んだヘッドマウントディスプレイなどの技術革新の一方で、ヘッドマウントディスプレイ着用時に感じる「3D疲れ」や「映像酔い」などの問題について、脳内の情報処理の知見に基づいた解決案はほとんど提案されていない。私たちヒトが視対象を立体的にとらえる際、脳内では3D視の様々な手掛かり、例えば、両眼視差(左右の眼に投影される網膜像差)、陰影や運動、テクスチャのきめ、物体同士の大小関係、重なり、勾配など、をうまく統合して奥行きを推定するための計算が行われている。さらにヒトは、複数の3D視覚手掛かりが同時に与えられた場合に、それらをうまく統合して効果的(ここで「効果的」とは、手掛かりが複数存在する場合に、より細かい奥行きを判別できたり、判別速度が促進されたりすることを指す)な処理ができることが知られている。では、複数の視覚手掛かりは脳のどこでどのように統合されているのだろうか。番らは、ヒトの脳内で3D視覚情報がどのように処理・統合されて立体感の知覚へと至るのかを調べる一連のfMRI脳機能イメージング研究を行い[2]–[6]、視覚野V1、V2、V3などの初期の処理段階では2つの手掛かりが独立に処理されていることを示した。一方、脳表面上に10以上存在する視覚野のうちで唯一、V3B/KOと呼ばれる部位においてのみ、2つの手掛かりが「融合」されていることが明らかになった(図1)[4]–[6]。さらに番らは、V3B/KOの活動を調べるだけで、奥行き弁別精度の個人差をうまく予測できることを突き止めた(図2)[5]。具体的には、より細かな奥行き差が弁別できる個人ほど、2つの手掛かりが同時に与えられた際のV3B/KOのfMRI応答に明確かつ大きな変化が観察されることが明らかになった。脳には視覚に関連する多くの部位があるにもかかわらず、たった1つの小さな領野の活動を調べるだけで、その個人の奥行き判別パフォーマンスが予測できたことは驚くべき結果である。ここで、奥行き判別精度の高低は視対象の立体感をどれだけ精緻、あるいは「リアル」に知覚しているかを示す指標といえる。よって、V3B/KOの活動を正確に定式化してバイオマーカとして利用すれば、例えば、観察者がバーチャル・リアリティ映像に対してどれほど臨場感や立体感を感じているかを定量的に評価できるかもしれない。あるいは、V3B/KOの活動を指標とすることで、技術的には問題なく製作されたはずの3D CGに対してそれほどリアルさを感じないような場合に、臨場感を増強させるためには視対象に何が欠けているのかを同定する新しい映像評価技術の開発へとつながるかもしれない。2図1 V3B/KOにおける3D手掛かりの融合図2 3D知覚パフォーマンスとV3B/KOの活動との相関60   情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)5 脳機能の理解と知見応用のための各種アプローチ

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