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2.2ヒトの脳内3D手掛かり統合機構の発達と、3Dコンテンツ視聴ガイドラインへの新たな提言へ向けてでは、V3B/KOの3D手掛かりの統合機構は、脳が生得的に獲得している機能なのであろうか。子どもが大人のように様々な手掛かりを統合できるようになるのは10~12歳頃で、長い発達過程が必要であることが知られている。その理由として、2つの仮説が考えられる。1つは、V3B/KOにおける3D手掛かり融合機能が未発達なため、融合自体ができていない可能性である。もう1つの仮説は、V3B/KOにおける手掛かりの融合は生得的に獲得されているが、子どもはその融合情報をうまく読み出すことができないとする仮説である。これらの仮説を検証するため、番らは3D画像を観察中の6~12歳児のfMRI脳活動計測を行い、10.5歳頃にV3B/KOの活動に変化が生じて3D手掛かりの融合が実現されることを突き止めた(図3)[6]。すなわち、子どもが3D手掛かりを融合できないのは、V3B/KOの機能が未発達のためであることが示された。この「子どもは大人と同じようには世界を“見て”いない」という結果は、子どもの学習方法を考えるうえで示唆に富む。例えば野球などのスポーツにおいて、監督が10.5歳未満の子どもに対して「いろいろな手掛かりを総合的に考慮して判断する」努力をするよう指示したとしても、子どもは複数の手掛かりを最適に融合できないため、大人が望むようなパフォーマンスは達成できない。また、子どもは監督の指示の意味について、言語の上では理解ができても、見えている世界が異なるため、その真の意味については理解できない可能性も考えられる。これは身体能力の差とは異なる10.5歳未満の子どもの能力の限界を示すものである。10.5歳未満の子どもには「脳」の発達にならった適切なトレーニング法を与えなければならないかもしれない。また、この研究結果は3D映像やバーチャル・リアリティに代表される新しい映像呈示技術を用いた教育を子どもに与え始める時期に関しても示唆を与える。通常、偏光グラスやシャッターゴーグルなどの立体視用メガネは、6歳未満の子どもには着用させるべきではないとされている[7]。6歳未満の子どもは角膜、輻輳長、網膜、立体視機能、眼筋など、視覚に関わる能力が未発達のためである。しかしながら、これらの基準は全て、眼の生理学的・解剖学的な発達にのみ着目して制定されたガイドラインである。一方、番らの研究では、眼の生理学的・解剖学的な発達が終了した6歳以降も立体視に関わる脳機能は発達を続け、その能力が大人と同じようになるには少なくとも10.5歳以降であり、その発達段階を測る基準としてV3B/KOの活動を計測すればよいことも明らかにしている。よって、もしV3B/KOの活動を定式化できれば、3Dコンテンツの安全視聴ガイドラインに新たな提言ができるだろう。あるいは、V3B/KOの活動を見ながら、バーチャル・リアリティ教育を積極的に早期に導入することで、子どもの発達を促進し、10.5歳未満の時点で大人と同じような立体視機能を獲得させるような教育も可能となるかもしれない。以上の項では3D視覚手掛かりに着目し、脳情報の統合過程を調べた研究を紹介した。ではここで、ヒトの脳は眼から入力された3D視覚情報を何から何まで全て処理するような完全に受動的な処理機構なのであろうか。現実問題として、全ての情報を処理していては情報量が爆発し、処理のコストが膨大なものとなってしまう。このため、ヒトの視覚システムは能動的(あるいは自動的)に視対象を絞ることで省エネかつ効率的な処理を実現している。この効率的な処理を実現する仕組みは「注意」と呼ばれる。次節では、視覚の情報処理における注意の役割について論じたい。視覚ダイナミクス           ―注意メカニズムの解明―3.1視覚注意の不思議私たちは、ものを「見る」とき、網膜に映るものが全て認識されるものではないことを経験的に知っている。例えば、テーブルに置かれたものを取ろうとして、手前のカップに気付かずに、カップを倒してしまうことがある。カップは網膜には映っているが、カップを認識するまでの視覚情報処理のどこかの部分で、情報が弱まってしまい、認識されない(気付かない)とい3図3 10.5歳以降の子どもの脳における3D手掛かりの融合615-3 外界・身体状態の知覚及び脳におけるその情報統合・再構成に関する研究

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