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うことが起こっていると考えられる。私たちの脳は、このように私たちの行動の目的に合わせて脳の情報処理に優先順位を付けている。この重要な役割を担っているのが「注意」である。注意にはいくつかの種類があるが、山岸らのグループでは、人が外界を知覚する仕組みに大きく関わる、視覚の選択的注意のメカニズムの解明に取り組んでいる。人の目の中心は大変感度が高く、目を動かすことで欲しい情報を取得している。そのため、情報処理に優先順位を付ける注意の仕組みと目の動きは関係しており、実験的にも注意が移動した後、目が動くことが明らかになっている[8]。しかし、目の動きと注意は区別することが可能で、Posnerは目を動かさずに注意だけ動かす実験パラダイムを提唱し[9]、それ以来、注意の科学的理解が進展した。山岸らの実験でも、目は固視点を見つめたまま、注意だけを四半視野のどこかに移動してもらうという課題を行った。そして各四半視野に小さなバーを提示し、その中のひとつのバーの傾きを答えてもらった。すると、注意が向いていた場所のバーの傾き(Valid条件)は90%近い正答率で答えられるのに対して、注意が向いていなかった場所のバーの傾き(Invalid条件)はほぼチャンスレベルの正答率であった(図4)。物理的に提示している刺激は毎回同じだが、注意の状態により、同じバーの傾きの認識率が変化したのである(図4)。注意の状態の変化により、いったいどのような脳内変化が起こっているのだろうか。3.2視覚注意の脳内メカニズム山岸らは主にMEGを利用して注意のメカニズムを探る研究を続けている。注意の変化は時間的に早く、時間解像度の高いMEGは注意の研究に適している。MEG装置の中で、図5に示すような視覚刺激を提示し、目は固視点に向けたまま、注意を右下か、左下に向けてもらい小さな黄色いバーの傾きを答える課題を行った。右下には赤緑の縦縞の刺激を提示することで視覚野を刺激するような操作を加えた。また、注意を向ける方向を指示するキューは視覚刺激を提示する1秒前に提示した。得られたデータに独立成分分析(ICA)を行い、注意が向いている時と、向いていない時の視覚野の活動を比較した結果が図6である。脳活動のパワーだけを見ると、条件間での差がほとんど見られなかったが(図6上)、同じデータに時間周波数解析を行うと、注意の場所を変化させる1秒間の10ヘルツ前後の活動(α波)が大きく違うことが明らかになった(図6下、白い点線部分)[10]。注意が向けられると視覚野のα波の非同期性が高まる。また、この非同期性の変化が大きい人ほど、傾き判断のパフォーマンスが良いことが明らかになった[11]。このことから、視覚注意は視覚野のα波の非同期性を高めることで、いつ視覚刺激が提示されても反応できるように準備をしている、そのため、この準備のレベルが高い人ほど視覚課題パフォーマンスが高い可能性が示された。 3.3人の感情と視覚注意このように私たちの知覚に大きく関わっている注意が、人の感情、特にポジティブな気分の影響を受けているということが、近年ポジティブ心理学を中心に言われ始めている。人の幸福度が高い時は、注意を向けられる範囲や視点が広がるという主張である。これまでに、この仮説を検証する実験が多く行われているが、結果は仮説を支持する者と支持しない者に分かれて明確な結論は出ていない。このひとつの原因として、実験的に人の感情を変化させる方法の違いが考えられる。音楽や画像の提示、報酬によりポジティブ感情の想起が試みられているが、これらの結果得られる感情の変化が違う可能性が考えられる。そこで山岸らは、感情を想起させるのではなく、日常生活の中で起こる自然な感情の変化、特に幸福度を記録すると同時に、注意図4注意実験の正答率 (注意の向いていた場所と対象物の提示が同じ(Valid)または違う(Invalid)条件による差)図5MEGによる視覚注意実験 (目は動かさずに注意の向きだけ四半視野のどこかにむける)62   情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)5 脳機能の理解と知見応用のための各種アプローチ

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