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リティ(聴覚、味覚、運動感覚、体性感覚など)を総動員し、外界から得られる様々な手がかりや状況を適切に統合することで、豊かな知覚・認知体験を実現している。では、異なるモダリティ間の相互作用はヒトの行為にどのように反映されているのだろうか。本稿4では、ある処理の結果がどのように事後の行為に利用されているのかを調べた研究を紹介したい。脳の入力(視覚)情報処理と 出力(運動)情報処理の相互作用4.1視覚情報処理は運動行為とは独立しているのか?リンゴの木の下にいるとき、どのあたりに実があるのか(e.g. 視覚的注意を向ける)、どのリンゴが一番赤いのか(e.g. 視覚特徴を処理する)、を脳の精緻な情報処理によって明らかにしたとしても、それが「リンゴに手を伸ばす」という行為につながらなければ、これら入力情報の処理は価値を持たない。人が行為をすることでしか外界に働きかけられない以上、感覚(入力)情報処理と行為(出力)が連関するメカニズムを知ることは、脳の情報処理を知るうえで必須であり、さらには、使いやすいインターフェース・デザインのためにも重要である。本項では、ヒトの脳の外界(視覚情報)の処理は、単に外界の特徴をそのまま反映しているだけではなく、視覚情報に伴う行為によって影響を受けていることを示す筆者らの研究を紹介する。イソップのキツネと葡萄の寓話では、キツネは跳び上がってもなかなか届かないところにある葡萄を「熟れていないんだ!」と判断する(図8)。寓話では、このキツネの判断は負け惜しみとして描かれている。しかし、果たしてキツネは本当に負け惜しみを言っているのだろうか?跳び上がるという運動行為にかかる労力によって、実際に葡萄が「熟れていない」ように見えて、そのように判断した可能性はないだろうか? これまで、脳への入力情報の処理である知覚判断と、脳からの出力情報の処理である運動行為はそれぞれ独立なものであると考えられてきた。つまり、一番熟れている葡萄を選び出すための入力処理(知覚判断)と、その葡萄を取ろうとする運動を作り出すための出力処理(運動行為)は独立であり、運動行為は単に知覚判断を反映するためだけのものと考えられてきた。この定説に反し、視覚情報に基づいた判断が事後の運動行為の影響を受けることを示した研究を以下に紹介する[14]。目の前のコップを取るのと、棚の中のコップを取るのとでは、目的は同じでも運動行為をする際にかかる労力が異なる。この実験では、画面上の点の動きを判断する課題のパフォーマンスが、その判断を表出する行為にかかる労力(運動行為の負荷)によってどのように変容するのかを調査した。被験者は、画面の中心4図8 イソップのキツネと葡萄の寓話図9 実験状況(右)及び被験者の知覚判断パフォーマンス64 情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)5 脳機能の理解と知見応用のための各種アプローチ
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