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に表示される多数の点の動きが、全体として右に動いているのか、左に動いているのかを判断する課題を行った(図9左)。両手にはそれぞれハンドルを握り、右に点が動いていると判断した場合には右手のハンドルを、左に点が動いていると判断した場合には左手のハンドルを動かしてもらった。最初は右のハンドルと左のハンドルを動かすために必要な力(負荷)は同一に設定されているが、途中から片方のハンドルを動かすための負荷が徐々に増大する。負荷は時間をかけて少しずつ増大し、最終的には両手間で2倍弱ハンドルを動かすのにかかる負荷が異なる状況であったが、被験者は両手間の負荷の差に気が付かなかった。そして、両手間で負荷に差がない場合と、ある場合で、点の動きの判断のパフォーマンスを比較した。すると、被験者は運動負荷の存在に気が付いていないにもかかわらず、運動負荷の大きな方向の視覚判断を避けるようになった(図9右)。これは、運動行為にかかる負荷が、「点の動き方向」という視覚入力の知覚判断に影響を与えたことを意味する。では、この知覚判断に影響を与えた運動負荷は、「葡萄の熟れ具合」といった見たものの知覚判断そのものを変化させたのだろうか、それとも、見たものの知覚判断は保ったまま、「つらい運動はやめる」というように運動行為の選択のみを変化させたのだろうか。この問いに答えるために、被験者は上の実験と同様に負荷に差のあるハンドルを使って、点の動きの判断を行った。そして、運動負荷の高い判断を避けるようになったときに、今度は手を使わずに口答で点の動き方向を報告してもらった。もし、点の動きそのものに対する判断が手の運動負荷によって変化したのであれば、口答で点の動きを報告する際も、手を用いた判断の際に運動負荷の高かった方の判断を避けるはずである。しかし、もし「手」で行うつらい運動を避けているだけなら、口答での報告は手への負荷による影響は受けなず、報告内容は変化しないはずである。結果は口答で点の動きを報告してもらうときにも、にも事前に経験した手の負荷の情報が反映されることが分かった。つまり、片方の手に負荷のかかった判断を繰り返すことで、点の動きそのものに対する判断が変容したと考えられる(図10)。よって、イソップのキツネはうそをついていたわけではなく、採るのに労力のかかる葡萄が本当に「熟れていない」と判断していた可能性が高いのである。4.2「行為のしやすさ」と軸とした環境のデザイン本項で紹介した研究により、運動行為にかかる負荷が、私たちが想像している以上に私たちの意思決定に反映されており、さらには、私たちの外界の認識にもそれによって変容することが明らかになった。私たちの日常行為は、食べ過ぎてはいけいないチョコレートに思わず手を出したり、しなければならないはずのトレーニングをサボってしまったりと、必ずしも適応的ではない。そのような適応的な行為の運動負荷を減らし、非適応的な行為の負荷を増やすような環境をデザインできるようなインターフェースを作ることで、各人にとっての適応的な行為を増やすことができ、さらにはそれによってその行為の働きかける対象の知覚も変容できる(e.g. チョコレートが魅力的でなくなる)かもしれない。謝辞本研究は、科学研究費補助金(26870911、17H04790、17K20021)(番)、科学研究費補助金(25280053、26540075) (山岸)、科学研究費補助金(26119535, 18H01106)(羽倉)の補助を受けて遂行された。【参考文献【1Szegedy, C., Zaremba, W., Sutskever, I., Bruna, J., Erhan, D., Goodfellow, I., and Fergus, R. (2013). Intriguing properties of neural networks. arXiv. http://arxiv.org/abs/1312.61992Ban, H. and Welchman, A.E. (2015). fMRI Analysis-by-Synthesis Reveals a Dorsal Hierarchy That Extracts Surface Slant. Journal of Neuroscience. 35 (27) 9823–9835.3Murphy, A., Ban, H., and Welchman, A.E. (2013). Integration of texture and disparity cues to surface slant in dorsal visual cortex. Journal of Neurophysiology, 110, 190–203.4Ban, H., Preston, T.J., Meeson, A., and Welchman, A.E. (2012). The integration of motion and disparity cues to depth in the dorsal visual cortex. Nature Neuroscience, 15(4), 636–643.5Dovencioglu, D., Ban, H., Schofield, A.J., and Welchman, A.E. (2013). Perceptual Integration for Qualitatively Different 3-D Cues in the Human Brain. Journal of Cognitive Neuroscience, 25(9), 1527–1541.6Dekker, T., Ban, H., van der Velde, B., Sereno, M.I., Welchman, A.E., and Narandini, M., (2015). Late development of cue integration is linked to sensory fusion in cortex. Current Biology, 25(21), 2856–2861.7日本3Dコンソーシアム 安全ガイドライン部会「人に優しい3D普及のための3DCガイドライン 2010年4月20日改訂版 国際ガイドラインISO IWA3準拠」.8Nakayama, K. and Mackeben, M. (1989). Sustained and transient 図10 運動負荷経験の知覚判断に対する一般化655-3 外界・身体状態の知覚及び脳におけるその情報統合・再構成に関する研究

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