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て信号を低下させる原因となる。脳を撮像する場合、副鼻腔・前頭洞にある空気と脳実質の境界に大きな磁化率差が存在するため、信号が低下してしまう。したがって、静磁場強度の上昇は、BOLD fMRI信号を増大させるとともに、ゆがみや信号欠損を拡大させるため、その領域を撮像する場合はゆがみや信号欠損を低減させる技術的工夫が必要となる。我々が注目している嗅覚関連領域は、副鼻腔近辺にあり磁化率の強い影響を受けるが、撮像設定の最適化を行うことで画像のゆがみや信号欠損を低減させ、安定的な脳活動計測を可能とした。図1左は、被験者に匂いを8秒間嗅がせたときの脳活動である。副鼻腔近辺の梨状皮質及び眼窩前頭前野において脳活動信号が得られた。また、心地良い香りと不快な香りでは、眼窩前頭前野領域での活動量が異なることを明らかにした[2]。情動に関連する扁桃体も磁化率の影響を受ける領域である。撮像設定の最適化に加えて、複数のエコー時間を用いて撮像することにより、磁化率効果を低減できる短いエコー時間のMR画像と、BOLD効果に最適なエコー時間のMR画像を合わせたMR画像を作成することで、扁桃体領域を含めた領域で安定したfMRI信号の取得が可能となった。それにより、情動を引き起こす顔写真を被験者に呈示したとき、扁桃体内において異なる活動様式を示す結果を得た(図1右)。1.2脳機能計測: Non-BOLD fMRI [3]BOLD効果によるfMRIは、血液情報(脱酸素化ヘモグロビン)により脳活動を計測している。そのため、実際の活動よりも広範囲な領域を活動として検出する傾向にある。これとは異なり、活動に伴う神経細胞由来の変化を見ることができれば、精度の高い活動領域の検出を行える可能性がある。そこで、これまで十分に利用されていない撮像方法を、SNRの高い7テスラMR装置において脳機能計測に活用できるかを検討した。我々は、比較的磁化率の影響の少ない拡散強調MRI(diffusion MRI、以下dMRI)を利用した。dMRIにおいても複数の撮像法があるため、磁化率による画像ゆがみ、撮像時間の長さ、比吸収率の制限による撮像領域の観点から、脳機能に応用できる最適な撮像法を検討し[4]、磁化率の影響が少ないスピンエコー系EPIのdMRIを脳活動計測に利用した。ヒトの初期視覚野において、BOLD効果によるfMRI(図2左)とdMRIによるfMRI(図2右)を用いてレチノトピーに対応する領域を計測した。前者では白質を含む広い領域の活動が得られたのに対し、後者では、それぞれの領域の灰白質に特化した活動が得られた。このことから、静磁場強度の向上により、dMRIは新たなfMRIとして利用できる可能性が示唆された。1.3脳活動領域の同定fMRIで得た脳活動の正確な位置を同定するため、高い解像度の脳構造画像を取得し、得られた画像から各組織(灰白質、白質、脳脊髄液)を正確に分離することが不可欠である。各組織の正確な分離により、軸索や脳脊髄液領域における擬活動の取得を避けることができる。そこで、灰白質や白質の濃淡の割合が異なる複数の脳構造画像を取得し、それらの信号強度に対して、我々が考案したアルゴリズムを使ったところ、正確な脳組織の分離に成功した。さらに、高解像度の画像はデータ量が膨大で、従来のアルゴリズムを用いた組織分離の解析には多くの時間を要するが、本手法は従来法の10分の1の解析時間で組織分離が可能である(図3)[5]。MRIを用いた脳情報伝達経路分析技術の開発2.1ヒトの脳情報伝達システムとしての白質線維束ヒトの脳は、大まかに灰白質と白質と呼ばれる領域から構成される。灰白質は神経細胞の細胞体から構成され、脳活動が観測される領域であり、白質は神経細2図1 7テスラMRIにおけるBOLD fMRI扁桃体V1V2V3V4初期視覚野初期視覚野V1V2V3V4図2ヒトの初期視覚野のfMRI(左:BOLD効果によるfMRI、 右:dMRIによるfMRI)68   情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)6 先端的脳機能計測技術

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