HTML5 Webook
80/102
れる脳波成分を用いて外国語のリスニング能力を向上させる手法を考案した。事象関連電位の1つであるMMNは、例えば、高頻度で出現する音(標準刺激)の中に、逸脱する音(逸脱刺激)を与えたとき、逸脱刺激に対して誘発される脳波成分であり、音刺激に注意を向けていないときにも出現することから、注意が関与する前の自動処理を反映している[9]。先行研究では意識上での聴覚弁別トレーニングにより、MMNが増強されることが示されていることから[10][11]、我々は、逆に、MMNを増強させることができれば弁別能力を上げることができるのではないかと考えた。そこでまずは単純な音の弁別を向上させることを目指して、純音のニューロフィードバックトレーニングを行った。実験ではピッチの異なる純音により誘発されるMMNを計測し、その振幅の大きさの情報を円のサイズとして表現し被験者に視覚的にフィードバックした。被験者はその円を大きくするように集中するトレーニングを行うが、視覚的な情報が自分の脳波と関係していることや、どのようにしたら円のサイズが大きくなるかについては知らされなかった。しかし、純音の弁別能力は有意に向上し、MMNを用いた純音のニューロフィードバックトレーニングに成功した[12]。そこで我々はこの手法を、英語の“light”と“right”の聞き分けのトレーニングに適応した[13]。 “light”と“right”の聞き分けができない日本語母語話者を対象とした脳波実験を行い、被験者自身の脳波をフィードバックしてトレーニングする群とフィードバックしないコントロール群でトレーニングによるリスニング能力の変化を比較した。被験者には、高頻度で与える標準刺激として“light”の音声と、低頻度で与える逸脱刺激として“right”の音声をランダムな順で0.7秒間隔で連続的に呈示し、手前に置かれたディスプレイに緑の円を呈示した(図6)。ニューロフィードバック群の実験では、円の大きさは直前の20回の音声刺激によって誘発されたMMNの振幅の大きさを反映しており、音声が呈示されるたびに円の大きさが更新される。MMNの振幅が大きくなると、それに応じて円は大きくなり、MMNの振幅が小さくなると円は小さくなるという仕様である。一方、コントロール群では、円の大きさはニューロフィードバック群の被験者のデータを用いて変化させ、被験者自身の脳波はフィードバックしなかった。被験者には音声は無視して円を大きくすることに集中するよう教示し、円の大きさの変化が脳波と関連することは知らせていない。実験は1日につき12セッション(1セッションは300回の音声呈示)を5日間実施した。“light”と“right”の聞き取りが向上したかどうかを確認するため、5日間のトレーニングの前、トレーニング5日目、トレーニングを終了して1週間後に、弁別テストと認知テストを実施した。弁別テストでは各試行で“light”と“right”の音声を連続的に呈示し(“light” - “light”, “right” - “right”, “light” - “right”, “right” - “light”)、被験者は2つの単語が同じか否かをボタン押しで回答した。認知テストでは各試行で“light”の音声か“right”の音声がどちらか1つを呈示し、被験者はその単語が“light”か“right”かをボタン押しで回答した。弁別テストの結果を図7 (a)に示す。トレーニング前の正答率はニューロフィードバック群とコントロール群の間に有意差は認められなかったが、トレーニング後の正答率はコントロール群と比べてニューロフィードバック群の方が有意に高かった。コントロール群ではトレーニング前後で正答率に変化がないのに対し、ニューロフィードバック群では5日間のトレーニングによって、正答率が35%上がった。さらに、トレーニングによる弁別の向上は、トレーニングを終了して1週間後も持続していた。次に、認知テストの結果を図7 (b)に示す。弁別テストと同様に、トレーニング前の正答率は群間で有意差はなかったが、トレーニング後の正答率はコントロール群よりニューロフィードバック群の方が有意に高かった。また、コ図6ニューロフィードバックトレーニング(ニューロフィードバック群)の概要。被験者は音声(“light”と“right”)には注意を向けず、円を大きくなることに集中する。ニューロフィードバック群では円の大きさはMMNの振幅の大きさを反映して変化するが、コントロール群ではランダムに変化する。76 情報通信研究機構研究報告 Vol. 64 No. 1 (2018)6 先端的脳機能計測技術
元のページ
../index.html#80