定性原理により、フォトン1個程度の揺らぎ以下には下げることができない。そのエネルギーを温度で表した値hf/kB(h:プランク定数、f:周波数、kB:ボルツマン定数)を基準にすると、上記受信機雑音温度は共にhf/kBの約8倍となる。これらの値は、世界トップレベルの性能である[22]。IF帯域の広帯域化は、HEBMの重要な開発課題のひとつである。3.2でも述べたように、ホットエレクトロンの冷却効率を上げることが、IFの広帯域化に必要である。NICTにおいては独自のアイディアで、電極下の超伝導状態を磁性体(ニッケル)により抑圧することで拡散冷却の効率を上げて約 6.9 GHzの広帯域化に成功した[19]。更に広帯域とする開発も進められている。ヘテロダイン受信機の動作確認として、THz信号のビート検出を行った。図14のようにRF信号源として3 THz帯のAMC発振器を用いた。図16(a)に検出されたビート信号を示す。RF周波数は14.742682 GHzの216逓倍の3184.4193 GHzでIF周波数が400 MHzで受かっており、周波数掃引からRFに対してTHz-QCLはLSB(Lower side band)であることから、THz-QCL周波数は3184.8193 GHzであることが分かる。この測定から、THz-QCLの発振周波数を正確に測ることにも利用できることが言える。さらに、このビート信号はIF周波数が約 14.5 GHzまで受かることが分かった(図16(b))。アンプの帯域外であるのでゲインは大きく落ちている(ノイズフロアレベルが -80 dBm)ことや、前述のIF帯域は、定義として3 dBゲインが落ちる幅としているのでIF帯域幅を表すものではないが、レーザの周波数測定等には有用である。 1で紹介したテラヘルツ時間領域分光器(THz-TDS)やフーリエ分光計(FTIR)もテラヘルツ波のスペクトルを検出する有用な方法であるが、このテラヘルツヘテロダイン受信機との違いを比較すると、前者は数THzにわたる広帯域なスペクトルを一度に測定できるという特徴があり、一方後者については、帯域は狭い(数GHz)が、高い周波数分解能で高感度にかつ実時間測定ができるという特徴がある。HEBMは広く一般的にテラヘルツ波の電波スペクトルを検出することのできる基盤技術と言える。応用5.1THz-QCLの位相ロックTHz-QCLは狭線幅(10~100 kHz)の光源と言われるが[23]、バイアス等のノイズによりフリーランでは1~2 MHz程度以上の周波数ジッターがあることが図16(a)のスペクトルでも観測されている。我々はヘテロダイン受信機を用いて、THz-QCLに位相ロックをかけることに成功した。図17に位相ロックシステムを示す。4で述べたように参照信号とのビートをHEBMで検出し、同じ周波数(ここでは400 MHz)のマイクロ波参照信号と共に位相ロック回路に入力し、中に組み込まれたミキサでエラー成分を抽出し、それを元のバイアスと加算し、THz-QCLにフィードバックする。図13(b)に示したように、THz-QCLの周波数はバイアスで制御できるため、その特性を利用して周波数を安定化させている。図18に位相ロックをかける前(a)と後(b)のビート信号と、位相ロックを掛けた時の信号を分解能帯域幅(RBW:Resolution Band Width)を1 Hzで測定した時の信号(c)を示す。RBW 1Hzでも分解されてないことから、スペクトルの線幅は1 Hz以下であると言える。ただし、これは位相ロック回路が参照信号に追随する精度を示しており、実際の3 THzの信号の周波数安定度は、位相ロックに使われるマイクロ波参照信号(例えば水晶発振器)の精度で決まる[24]。THz-QCLに位相ロックをかけることで、より高い周5図14 テラヘルツ波ヘテロダイン受信機の構成写真図15テラヘルツ波が入射したときのHEBMの電圧-電流特性の変化。緑の線辺りがHEBMに対する最適LO注入パワーとなる。100 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 1 (2019)4 衛星センサによる宇宙からの地球環境観測
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