まえがき近年都市部で頻発する局地的大雨(通称ゲリラ豪雨)などの時空間スケールの小さな気象現象は、孤立した積乱雲の急激な生成・発達により引き起こされる。従来のレーダー観測ではとらえることが困難だったこのような現象が、フェーズドアレイ気象レーダー(PAWR)の登場により可視化できるようになってきた。PAWRは半径60 kmの範囲の雨を30秒ごとに三次元観測することができる。さらに、2018年3月から埼玉大学で観測が開始されたマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダー(MP-PAWR)は、観測の高速性を保ちつつ偏波の情報を使ってより定量的な降雨観測を実現している。このようなフェーズドアレイ気象レーダーを用いることで、上空で急発達した降水粒子が落下に要する5~10分後には地上のどのあたりにどの程度の降水をもたらすか、といった短時間の予測が可能になってきた。しかし、防災・減災のための対応が可能となるような長いリードタイムを取った予測(20分~数時間先の予測)の精度はいまだ十分とは言えない。このような長い予測の精度向上には数値予報モデルが重要であり、その予測精度向上にはモデルそのものの改良に加えて、より多くの観測データを取り込む(データ同化する)ことが必要となってくる。その中でも特に近年期待されているのが水蒸気量のデータ同化である。水蒸気は雨の元となる気体としての水であり、この水蒸気の動きを早い段階から連続して監視することで、より精度の高い降雨予測につながると期待されている。本稿では、NICTが開発し、現在首都圏を中心に実証実験を実施している地上デジタル放送波(地デジ放送波)を用いた水蒸気量推定技術を紹介する。水蒸気量推定の原理降雨レーダーは、電波を送信して降水粒子(雨粒、氷粒等)からの散乱を受信する。一方、水蒸気は粒子ではなく気体なので電波を散乱しない。このため水蒸気量観測では送信波の散乱を利用するというレーダー方式が使えない。そこで本研究で利用するのは、電波の伝搬遅延である。電波は大気中の水蒸気量が増加すると伝搬速度が遅くなり、伝搬遅延を生じる。伝搬遅延が生じるということは、実効的に伝搬経路長が伸びることと等価である。この遅延量変化(若しくは実効伝搬経路長変化)を測定することで、伝搬経路上積算の水蒸気量の変化を知ることができる。距離1 kmの伝搬を考えた場合、その空間の湿度が1%上昇するときの電波の遅延量は、3ピコ秒(3×10-12秒)程度である(気温25度、1気圧において)。これは1 kmの伝搬経路長が約1 mm伸びたのと等価である。つまり、伝搬遅延をピコ秒(10-12秒)の精度(距離にしてmmの精度)で計測することで水蒸気量の観測が可能となる。この僅かな遅延量測定を、地デジ放送の搬送波位相を測定することで実現する。位置関係が固定されている送受信地点間を決まった周波数(波長)の放送波が伝搬する場合、ある一定の周期でサンプリングされる受信電波の位相は一定になるはずである。水蒸気量変化によって実効伝搬経路長12豪雨災害の防災・減災を目指し、地上デジタル放送波を用いて電波の伝搬経路上の水蒸気量を推定する技術を開発している。ピコ秒の精度で電波の伝搬遅延変動を計測することで、水蒸気量の変動を知ることができる。手法の原理・方法、観測装置やその展開状況を紹介する。A method of estimating water vapor using digital terrestrial broadcasting waves is proposed for preventing or mitigating heavy rainfall disasters. Measuring propagation delay of radio waves in picoseconds order enables us to derive water vapor information. Principles, methods, developed instruments, and the recent status of our observation are introduced.2-3 地上デジタル放送波を用いた水蒸気量推定手法の研究開発2-3Water Vapor Estimation using Digital Terrestrial Broadcasting Waves川村誠治 花土 弘 太田弘毅Seiji KAWANURA, Hiroshi HANADO, and Hiroki OHTA152 地上レーダーによる気象現象の観測
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