が伸び縮みするとその分だけ位相が回転するため、位相変化を測定することで実行伝搬経路長変化(遅延量変化)が分かる、というのが基本的な考え方である。ただし、実際に測定される位相変化には、水蒸気量変化によるもの以外に、放送局と受信機それぞれに用いられている局部発振器(基準クロック)の位相雑音も含まれる。通常は考慮する必要がないほど小さな位相雑音であるが、ピコ秒の精度を考える場合にはその影響は大きい。位相雑音の変動は水蒸気量変化による位相変動に対して2~3桁程度も大きいため、これを打ち消さない限り水蒸気量変化が見えてこない。水蒸気量推定の方法3.1観測配置位相雑音を相殺するために我々が提案している2つの観測配置(“同期法”と“反射法”)を図1に示す[1]。単一の測定点で単純な位相測定をしているだけでは、放送局と測定点の局部発振器の位相雑音に埋もれて水蒸気量変化が見えてこない。図1(a)の同期法では、電波塔と測定点を結ぶ直線上にもう一点測定点を設け、同じ測定をする。双方の測定量の差を取ることで放送局側の位相雑音が相殺され、測定点A–B間の伝搬遅延と各測定点の局部発振器の位相雑音差が残る。2つの測定点の局部発振器をピコ秒の精度で同期させて後者を取り除くことができれば、A–B間の伝搬遅延変動が測定できるということになる。光ファイバーを用いれば離れた場所の局部発振器をピコ秒の精度で同期することができるが、多地点に測定点を展開した場合に局部発振器の同期のために光ファイバー網を構築するのはコストがかかるため、より安価な方法を検討しているところである。図1(b)に示す反射法は局部発振器の同期無しで伝搬遅延を測定できる手法であり、現在この手法での実証実験を行っている。反射法では測定点は一点で、その代りに直達波以外に遠くの建物等からの反射波を利用する。直達波も反射波もその位相変化には水蒸気量変化成分以外に放送局と測定点の局部発振器の位相雑音が乗ってくるが、それらの位相雑音は全く同じものなので差を取ることで相殺され、測定点と反射体の間の往復の伝搬遅延が精度良く測定できる。3.2観測装置我々が開発し、現在展開を進めている観測装置の写真を図2に示す。主要な構成要素はPCとソフトウェア無線用デバイス(USRP-N210)である。USRP-N210には小型GPSボード(GPS同期の水晶発振器)が入っており、これを局部発振器として利用している。水晶発振器の位相雑音は比較的大きいが、反射法を使えばきれいに相殺される。システムの監視やデータ集約には携帯回線を利用し、そのためのルータなども合わせて一式をキャビネット(500 × 400 × 250 mm)に格納している。100 VのAC電源を供給するだけで運用が可能である。市販の地デジ用アンテナで受信された信号は必要に応じて市販の地デジ用ブースターで増幅された後USRP-N210に入力される。USRP-N210内でAD変換・IQ検波された信号はPCの中でリアルタイム処理される。1台のUSRP-N210で2チャンネルの受信が可能であり、写真の装置では2台のUSRP-N210をMIMOケーブルで接続して同期を取り、合計4チャンネルの同時受信が可能となっている。3.3地上デジタル放送波を用いた伝搬遅延計測現在日本で用いられている地デジ変調方式(ISDB-T)では、地デジ信号は1局あたり約6 MHzの3図1 地デジ放送波を用いて水蒸気量を推定するための2つの観測配置測定点測定点での測定量1M1= τ1+ φT+ φR遅延時間に相当する位相回転:τ1測定点の発振器の位相雑音:φR放送局の発振器の位相雑音:φT遅延時間に相当する位相回転:τ2測定点での測定量2M2= τ2+ φT+ φR電波塔反射体反射波直達波測定点B測定点Bでの測定量MB= τB+ φT+ φB遅延時間に相当する位相回転τB測定点Bの発振器の位相雑音φB測定点Aの発振器の位相雑音φA放送局の発振器の位相雑音φT遅延時間に相当する位相回転τA測定点Aでの測定量MA= τA同期+ φT+ φA電波塔測定点A観測対象エリア観測対象エリア(a)同期法(b)反射法16 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 1 (2019)2 地上レーダーによる気象現象の観測
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