者らは地震前後のSAR観測データからの土砂崩れの自動検出方法を提案している[16]。この方法は、地震前後の地表面からの反射強度の変化と高さ変化を組み合わせることにより誤検出の削減を達成している点で特徴的である。土砂崩れに対する初期観測で重要なのは、発生場所マップの作成[17]及び各個の崩壊規模の推定[18]である。規模推定の実施例としては、人工衛星によるクロストラック干渉SAR(Cross-track Interferometric SAR: XTI)計測と数値標高モデル(Digital Elevation Model: DEM)の差分量に基づき、2008年の四川大地震(中国・四川省)に伴う巨大土砂崩れについてその土砂流出量を推定した結果が文献[19]によって報告されている。一方、文献[16]ではその過程において地震前後のXTI計測データから差分高マップの生成を行っているものの、アウトプットとしては土砂崩れマップの作成にとどまっている。土砂崩れマップの生成に加え、規模推定を達成するためにはまず地震前後のSAR観測データから計測された差分高マップについての評価が必要である。そこで本稿ではSARで計測された差分高マップについて、他センサーデータとの比較を通じて評価を行った結果を報告する。2では、XTIによる土砂崩れに伴う差分高マップの作成手法の概要について述べる。3では熊本地震の際に阿蘇大橋近辺で生じた大規模土砂崩れについて、XTI高さ計測により地震前後の差分高マップを生成する。4では文献[20]により報告されている他センサー計測による解析結果との比較を行い、5でまとめる。XTIによる土砂崩れに伴う高さ変化マップの作成 図1にXTIによる高さ計測の模式図を示す。SARでは、送信波の往復時間を介してアンテナから対象物までの直線距離を求めている。このことは、1つのアンテナのみを用いた観測では、対象物が点線で示した円周上のどの位置にあるか決定できないことを意味する。図1で言えば、対象物の位置がAなのかBなのか区別できない。この問題は、アンテナ1とは別の受信アンテナ2を用意することで解決できる。アンテナ2においては、送信から受信までの電波の伝搬時間を介してアンテナ1→反射位置→アンテナ2の伝搬経路の長さを計測しており、アンテナ1で送受信した場合との伝搬経路長差は図中赤線に相当する。図に示したように、この経路長差は円周上の位置によって変化するため、各アンテナで計測した伝搬経路長の差から、対象物の水平位置と高さを一意に決めることができる。これがXTIによる高さ計測の原理である。実際の観測では、この経路長差は、アンテナ1とアンテナ2の受信信号を干渉させ位相差として求めている。位相差として計測することにより、観測波長のスケールに対応する精度で計測できるメリットがある一方、観測される位相差が実際の経路差に相当する位相差を2πで除した際の剰余値に畳まれてしまうデメリットがある。このため、XTIによる高さ計測では、畳まれた位相差を元の位相差に回復するアンラッピングプロセス[21]が必要とされる。また、観測される位相差には、各アンテナから信号処理部までのケーブル長の違い等に由来する未知のオフセット[22]も含まれている。したがって、対象物の高さを求めるためには、この位相オフセット値を推定する必要がある。例えば、SAR画像中で高さが既知の点を参照点として用意し、このオフセットを求める方法がある[23]。上述の手法により、SAR観測実施時点の高さマップを得ることができる。したがって、土砂崩れの発生前後でそれぞれ高さマップを導出し、その差分を取れば土砂崩れに伴う高さ変化を計測できる。ただし、地震発生時には本稿で対象としている土砂崩れに加え、断層ずれ等の発生も予想されるため、常に地震後のデータに対して有効な参照点が用意できるとは限らない。また、必ずしも地震前後の各高さマップが欲しいわけではなく、必要なのは差分高マップである。そこで文献[16]では振幅画像の相関値に基づき地震前後で変化の乏しいと思われる場所を抽出し、その場所の高さ変化を0とすることで参照点を用いず差分高マップを算出する方法を提案している。ただし、この方法は土砂崩れ場所の検出への利用に耐え得る精度は有しているものの、原理的に電波の入射角依存性の点での近似が過大となるため、差分高マップの精度に悪影響を及ぼす恐れがある点には注意を要する。2図1 XTIによる対象物の高さ計測の模式図。赤線は各対象物に対する電波の伝搬経路長差を示す。アンテナ1(送受信)アンテナ2(受信のみ)アンテナ1中心の円周AB58 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 1 (2019)3 航空機SARによる地表面の観測
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