HTML5 Webook
72/134

このため、人工衛星に搭載した散乱計による地球全体の海上風計測が行われている。散乱計による海上風計測は、同じ海面に複数の方角から電波を照射し、散乱された電波の強度分布から風向と風速を算出している。現在実用化されている衛星搭載の散乱計は比較的大きなアンテナを使用しているが、空間分解能は数十km程度である。これは地球全体に海上風が及ぼす影響を計測するには十分な分解能であり、気象予報や外洋での波浪推算に用いられている。一方、海洋生態系を考えた場合には陸地に近い沿岸域の海洋環境が重要となる。沿岸域では海上風は陸上地形の影響を受け、小さい空間スケールで変化する。このため、より高い空間分解能が必要となるが、現在の人工衛星に搭載されている散乱計では空間分解能が不足している。また、アンテナビームが陸地に近づくと、陸地からの強い散乱波の影響により、海上風を計測することができなくなる。このため、合成開口レーダーが持つ高い空間分解能を活用した沿岸域の海上風計測が期待されている。合成開口レーダーによる海上風計測海上風は風向と風速の2つの要素を持っており、照射されたレーダー電波が海面で散乱されて再びレーダーに戻る割合(後方散乱係数)は、風速とレーダービームに対する相対的な風向、入射角及びレーダー周波数に依存する。現在実用されている衛星搭載散乱計による海上風計測では、複数のレーダービームを用いることにより、同じ海面に複数の方向からほぼ同時に電波を照射することで、これら2つの要素を独立に計測している。一方、合成開口レーダーは移動体の移動方向に直交する向きに電波を照射するため、1つの合成開口レーダーで複数の方向から同一海面を同時に観測することはできない。複数の合成開口レーダーの協調により、同一海面を複数の方向から同時に観測することは不可能ではないが、観測可能な海面が限られることになり、実現のためのコストが高すぎる。このため、気象モデル[2]や海上風により海面に現れるパターンの解析[3]により風向を決定したうえで、海面の後方散乱係数から風速を求める方法がとられている。しかしながら、この方法では海上風計測の空間分解能は海上風向を決定する手法に影響される。合成開口レーダーで海上風に対して独立に反応する2つ以上の後方散乱係数を計測することができれば、合成開口レーダーが本来持つ空間分解能を活用した海上風計測が可能となる。現実的には、複数の周波数を持つ合成開口レーダーよりも、2つの平行偏波を観測できる合成開口レーダーの方が実現性は高い。しかしながら、現在の衛星搭載合成開口レーダーで平行偏波を常時観測する衛星は無いため、後方散乱係数のモデル関数も求められておらず、平行偏波観測による海上風計測の可能性も不明である。NICTでは全偏波観測が可能なXバンド航空機搭載合成開口レーダーの研究開発を実施してきた。航空機搭載合成開口レーダーは、同じ海域を海上風が変化しないと仮定できる短時間のうちに複数の方向から観測することが可能である。この特徴を活用すれば、ある風速条件における後方散乱係数のモデル関数をより簡便に求められる可能性がある。本研究では、航空機搭載合成開口レーダーを用いて短時間のうちに複数の方向から行った同一海面の観測により、海面後方散乱断面積の入射角、相対風向依存性を計測する可能性について検討する。観測観測にはNICTと宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同で開発及び運用を行ってきた、航空機搭載二周波偏波合成開口レーダー: Pi-SAR [4]を用いた観測で得られたXバンドSARの観測結果を基に解析を行った。Pi-SARの主要な諸元を表1に記す。23表1 Pi-SARの主要諸元周波数帯XL中心周波数[GHz]9.55471.2715バンド幅[MHz]10050アンテナナディア角[deg]40~6038ビーム幅[deg]垂直(10dB幅)-35~5-19~19水平(3dB幅)2.39.8偏流角補正範囲[deg]-6.5~6.5N/A分解能[m]スラントレンジ1.53.0アジマス1.53.0ピクセル間隔[m]スラントレンジ1.252.5アジマス1.252.5ノイズ等価NRCS [dB]-40-30表2 観測諸元観測番号900190029003観測時刻11:3711:5212:14観測高度(m)118981188411886軌道方位角(deg)-150 (SW)+030 (NE)-090 (W)対地速度(m/s)199207162偏流角(deg)-14.9+14.4-6.9入射角範囲(deg)5.5-61.85.6-61.95.6-61.9中心slantrange(m)166231661816625中心R/V(s)83.580.3102.6相対風向down-windup-windcross-wind X-band(deg)-178.5 19.0 129.6  L-band(deg)175.1 25.5 123.1 68   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 1 (2019)3 航空機SARによる地表面の観測

元のページ  ../index.html#72

このブックを見る