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水蒸気の濃度が非常に薄いのでそれが測られることはない。また、風を衛星から直接測るのは容易ではなく、雲の動きから、また場合によっては水蒸気分布等の動きから風向・風速を推定したり、海面の状態から界面付近の風を推測したりすることが行われてきている。昨年地上から30kmまでの風の分布をライダーにより測る初めての衛星がヨーロッパにより打ち上げられた[1]。超高層大気の風については、大気光を分析することで高度90km付近、昼間では高度90~300kmの風を測る衛星がある[2]。成層圏、中間圏と夜間の熱圏(約80kmから上の大気)の風を測る衛星は現在存在しない。観測の少ない場所の観測を増やすことや、観測されてこなかった大気のパラメータを測ることは、大気モデルの精度を効果的に向上させる可能性がある。例えば、成層圏の風は前述のライダーによる下部成層圏までの新たな衛星観測を除けば、ゾンデによる以外に観測方法がない。特に地衡風推定も成り立たない熱帯域では数少ないゾンデによる下部成層圏の観測値がモデルの精度に大きな影響を与えている[3]。熱帯域の成層圏の風が重要なのは、それが地上気象にも影響しているからである。熱帯域の成層圏の変動は成層圏準2年周期変動(QBO)により大きく支配されているが、QBOは極域の春期の極渦の変化のタイミングにも影響を及ぼしており、成層圏の極渦の状態は地上の気象に影響の及ぶことから、熱帯域成層圏の風は地球規模の気象予報に関係していると言われている[4]。気象予報のための数値モデルにおいては、そのような大気の上層の影響も含めることが予報精度向上につながるため、成層圏・中間圏までモデル領域に含めることが一般的になってきている。しかし、高層の気温の観測値については、マイクロ波ラジオメータが前述のように中間圏の高さまで感度を持つが気温推定精度はあまり良くなく、数値モデルに入力される成層圏・中間圏の観測値は不十分な状況にある。成層圏の極渦現象を数日から1か月先まで予測できれば、地上気象への影響を精度良く予測することができるが、現在の数値モデルの性能はそれほど良くないと考えられている[5]。そのような中、米国のAura衛星に搭載されたマイクロ波リムサウンダ(Aura/MLS)の成層圏・中間圏・下部熱圏(16 ~90km)の温度・オゾン・水蒸気と、TIMED衛星の赤外リムサウンディングのSABERによる同じような高度領域の温度を観測値として使用した数値モデルでは、中高緯度の高度70 ~95kmの上部中間圏から下部熱圏にあたる高度領域の風がよく再現できているという報告もある[6]。このように成層圏・中間圏の観測を増やすことで予測精度の向上が期待される。成層圏・中間圏の風、また、更に上空の100kmから上の大気の、風の日変化、温度、密度などの継続した観測データは存在しない。それらは大気の上下結合を詳しく知るのに不可欠なデータである。北極域冬季の成層圏で起こる成層圏突然昇温は、対流圏・成層圏・中間圏に大きな変化をもたらすだけでなく、電離圏にも、しかも南半球を含む広い緯度範囲にわたって影響を及ぼすことが知られている。大気現象が上方に伝播し全球規模で影響するメカニズムは大気モデルによって説明が試みられているが[7]、その全体像と物理過程が十分に解明されているとは言い難い。上部中間圏から下部熱圏にかけての領域(MLT:70 ~150km程度の高度領域)は、そのような大気の上下結合において重要な領域である。宇宙からの高エネルギ粒子の降り込みによるNOx生成など下方のオゾン等に影響のある化学反応が起こるのもMLTである。MLTの上下で、大気運動の変化の時間スケールが異なるのもMLTを特徴づける大きな因子である。成層圏・中間圏の熱的・力学的構造は主に1日よりも長いスケールで変化し日周変化は大きくない。一方、約150kmから上の中性大気の風と温度の分布は太陽の方向に従った構造を持ち1日の周期性が卓越している。その遷移領域にあたるMLTは、下方の大気から大気重力波を通して伝わるエネルギと、上方からの太陽を起源とした高エネルギ粒子等によるエネルギが匹敵するため両者からの影響を強く受け、また、それらの影響を双方へ伝えていくときにMLTの状態に大きく依存する。大気の上下結合を解明するためのMLT観測においては、日周変化の状態が大きく変化する高度領域であることから、どこの緯度経度で観測したかとともに1日のどの時刻に観測したかが重要であり、継続した観測で日周変化、全球分布を含めて把握することが必要である。全大気圏衛星観測(SMILES-2)計画では、成層圏・中間圏・下部熱圏の、これまで観測が少なかったり観測精度が十分でなかったりした大気パラメータ、また、これまで観測されていない風やその日変化、下部熱圏の温度・密度等を観測する。成層圏・中間圏・下部熱圏の連続した高度領域で、中性大気を記述する主要な要素である、温度、風、密度、水蒸気、オゾン、さらに塩素化合物、窒素化合物等の微量成分を、日周変化を含めて全て測ることのできる全大気圏観測の画期的なミッションと言うことができる。SMILES-2はサブミリ波(300GHz~3THzの周波数の電波でテラヘルツ波の一部)で大気リム観測を行う。必要な観測精度を得るために観測感度の高い超伝導を利用したセンサを使う必要があり、そのためミッション機器は少し大きな規模になる。SMILES-2は宇宙航空研究開発機構86   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 1 (2019)4 衛星センサによる宇宙からの地球環境観測

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