HTML5 Webook
10/258

もの時系が提案されてきた。空間座標で考えるとイメージしやすいように、座標のどこでも碁盤の目のように同じ空間間隔の方が単純で扱いやすいだろう。時間座標で言えば、どこでも時間間隔が同じであるような座標は扱いやすい。しかし、相対性理論まで考慮すると、ある時計の刻む時間は、その運動や場所に依存することになる。一般相対性理論によれば、重力の影響の違いによって時間の進み方は異なる。また、この重力の効果を太陽系の重心を基準に考えるのか、地球の中心を基準に考えるのかでも変わってくる。そのため、万能な座標は無く、現状では目的に応じて使い分けている。本稿では現在使われている主な5つのtime systemの関係を示し、我々の身近な標準時系はどのtime systemに基づくtime scaleなのか、また、それら標準時系の現示精度に基づく階層について紹介する。本特集で議論されている標準時系の位置付けを把握することで、本特集の理解の一助となれば幸いである。基準座標系構築において考えるべきこと本稿では四次元時空座標系を「座標系」(あるいは「基準座標系」)で表し、時間と空間の限られた座標系については、それぞれ「時系」と「空間座標系」で表すとする。文献[5]によれば、基準座標系の構築手順は以下の5段階に分けられる。1.概念設定2.物理構造の選択3.構造のモデル化4.現示5.拡張上記1.から3.は構築したい基準座標系が従う概念的な時空の理論モデルを決めるパート、4.と5.はそのモデル上でいかに基準座標系を現示しそれを拡張するかを決めるパートというように、大きくは2段階に分けられる。基準座標系の時間部分である時系においても、基本的にはこの構築手続きにならったものになる。time systemの現示方法には積算時(integrated time scale)と力学時(dynamical time scale)がある。積算時は周期が一定であると思われる周期現象(地球の自転、水晶の振動、原子の遷移周波数など)の繰り返しを数えることで時間を決めるというもので、現在国際的な標準時として使われている国際原子時TAI(International Atomic Time)*1や協定世界時UTC(Coordinated Universal Time)*2等の原子時は原子の遷移周波数を数えていく積算時の例である。これに対し、力学時は、比較的単純な力学系に対して運動方程式の解と現象が一致するように時間を決めるというもので、例えば地球と月、惑星の運動を計算する暦表時ET(Ephemeris Time)*2がこれに当たる。時間は更に固有時(proper time)と座標時(coordi-nated time)に分類される。相対性理論によれば、正確な時計が刻む時間は、1つの座標を決めると運動の速度が速くなればなるほど、また、置かれている場所の重力ポテンシャルの絶対値が大きくなればなるほど、その進み方は遅くなるため、時計の刻む時間は時計の運動や場所に依存する。例えば、原子時計などそれ自身正確な時を刻む時計を仮定した場合、物体の固有時とは、ある物体がこの正確な時計と一緒に運動した場合にその時計が刻む時間である。一方、座標時は、空間座標系のどこか1点(通常は座標原点)に正確な時計を静止させて基準とし、それを座標全体にわたって定義する時間である。つまり、四次元時空間全体にわたってつじつまが合うように時系を定義するには、時計の位置や運動状況を考慮することが必要不可欠になる。2*1国際原子時TAI原点を1958年1月1日0時0分0秒のUT2*4に近似的に一致するように定めた、セシウムのマイクロ波遷移で定義された歩度を積算した原子時系である[1]。1958年は国際時報局BIH (Bureau International de l’Heure)が原子時計により国際的な標準時を決定し始めた年である[18]。TAIは1971年の第14回国際度量衡総会CGPMで、下記のように定義された。「TAIとは国際単位系の単位である秒の定義に合うように運転された各研究機関の原子時計の示す時刻に基づいて、BIHによって確立された時刻指標の座標である[1]。」つまり、TAIは世界の複数の研究機関の原子時計群の合成により、SI秒を実現するべくBIHによって確立される時系ということ。さらに、相対論を考慮して、1980年にTAIは「TAIは、回転するジオイド上で実現されるSI秒を目盛りの単位とした、地心座標系で定義される座標時の目盛りである。」と修正された[6]。*2協定世界時UTC国際電波通信連合無線通信セクターITU-R(International Telecommu-nication Union - Radio communication Sector)勧告ITU-R TF460において、UTCは下記のように定義されている。「UTCはBIPMがIERSの協力により維持する時系であり、標準周波数及び時間信号の供給の基礎をなすものである。UTCの歩度は厳密にTAIと一致しているが、整数秒だけ異なっている。UTCはUT1*4と近似的に一致させるために1秒だけ挿入、あるいは削除(正あるいは負のうるう秒)する調整を行う[19]。」この勧告を受け1972年に現在のUTCがスタートした。うるう秒調整は、UTCとUT1の時刻差が0.9秒以内に収まるように修正されており、1972年に導入されて以来これまで加算のみの調整である。このように、連続時系であるTAIに対し、UTCは時折うるう秒が挿入、あるいは削除される不連続な時系である。*3暦表時ETある時刻の天体の相対位置を運動方程式から求め、ある時刻の天体の位置を示した天体暦を作る。その一方で、天体位置を観測し、その位置関係を調べて、暦の時刻を補間することで時系を構築する[20]。このような天体暦の時間引数が暦表時。1956年にCGPMでETによる秒(ET秒)の定義が「1900年1月0日12時ETにおける瞬間の1太陽年の1/31 556 925.9747」と定義された。1967年に133Cs原子によって秒が再定義された際には、新しい秒はET秒と一致するように定められた。4   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)2 現示精度に基づいた標準時系の階層

元のページ  ../index.html#10

このブックを見る