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のような状況を踏まえて、現行の定義を、光周波数標準を実現する原子の光学遷移で再定義することが検討されている。その議論の中では、高い精度の周波数標準を実現できたとしてもそれを共有できないと標準としては機能しないため、秒の再定義にはセシウムよりも確度の高い周波数標準の実現とともに、十分な精度で互いの周波数を評価できることが求められている[5]。このように光周波数標準が高精度化してくると、絶対周波数を経由した間接比較では仲介に用いたSI秒の現示精度に比較精度が制限されてしまうため、近年では光周波数標準を直接比較し、より高精度に相対評価するようになった。同程度の周波数の光周波数標準間の比較であれば、お互いのヘテロダインビートの周波数計測や、お互いの周波数差を補う音響変調光学素子AOM (Acousto-Optic Modulator)の周波数を計測すればよい。一般的に同一の研究室内ではこの方法により直接比較されている。一方で、現在有望な光周波数標準の方式には、単一イオン光時計と光格子時計があり、それぞれの方式に対して様々な原子遷移(現在では光格子方式には87Sr, 171Yb, 199Hgなど、単一イオン方式には27Al+, 40Ca+, 87Sr+, 171Yb+, 115In+などが使われている)が採用されているため、周波数の離れたこれらの周波数比較では光周波数コムを周波数の橋渡しにして、直接周波数比較している。このように多数の標準周波数があるため、いくつもの周波数比の組合せが考えられる。ある周波数比(例:A/B)が正確に決まっていれば、一方の研究室にしかない標準周波数(A)によって、もう一方の標準周波数(B)を得ることができるため、新しい秒の定義と共にそのような周波数比の取り扱いについての検討も今後の重要な課題となっている[5]。遠隔地にある周波数標準間の比較や、標準周波数の共有には、何らかの周波数伝送が必要である。このようなとき、お互いの周波数を結び付けていることから、時間・周波数分野では、周波数伝送や比較のことを周波数リンクと呼んでいる。現在では、光ファイバや人工衛星を利用した方法が主流である。光ファイバリンクは高精度な周波数リンクが実現できるため、光ファイバをつなぐことのできる比較的近距離の研究室間の周波数リンクでは光ファイバが採用されており、リンク精度で劣化されずに周波数標準そのものの不確かさでの比較が実現されている。このように光ファイバリンクは有効な周波数リンク法であるため、近年欧州の国々では光ファイバ網が張られ始めている。一方で、島国である日本では他国との周波数リンクには人工衛星や電波星を使った方法が現実的である。大陸間でも高精度な周波数リンクを実現するために、NICTでは光ファイバリンク方式に併せて、これらの方法を用いた周波数リンクの開発にも取り組んでいる。人工衛星を用いる方法では、これまではGPSや通信衛星を仲介する群遅延を利用した比較方法が一般的であったが、NICTでは通信衛星の搬送波を直接用いることで短期安定度を一桁改善した周波数比較を実現している[6]。これに加え、電波星を用いた超長基線電波干渉計(VLBI)による周波数比較方式の開発にも取り組んでいる[7]。絶対的な基準となるリンク方法は存在しないので、独立な周波数リンク方式でお互いを相互評価することは重要である。遠隔地の周波数比較の手段として、この他に可搬型周波数標準を用いた比較方法もある。NICTでは1960年代から1980年代までは、アメリカ海軍天文台(USNO)の可搬型周波数標準を経由してUSNOが生成する標準時系UTC(USNO)とNICTが生成する標準時系UTC(NICT)を比較していた[8]。この場合、可搬型周波数標準がいつでもどこでも同じ周波数を生成できるか、あるいは、その周波数補正を十分正確に実現できるかどうかの検証が必要である。グローバルな金融取引や第5世代移動通信システム(5G)等、現代社会では正確な時刻情報が重要である。将来の6Gでは更にその重要度が高まると考えられる。より高精度な時刻を供給できるように、NICTでは時刻生成に光周波数標準を利用する取組を進めている。2018年11月にNICTのストロンチウム光格子時計NICT-Sr1は時間・周波数分野の国際作業部会から一次周波数に準ずる二次周波数標準に認定され、国際的な標準時系である国際原子時TAI (International Atomic Time)の歩度校正に寄与し始めた[1][9][10]。このような国際的な貢献と並行して、次世代の高精度な日本標準時実現を視野に入れ、光周波数標準を基にした高精度な時系生成にも取り組んでいる[11]。本稿では、これまで行ってきたNICT-Sr1と機構内外の他の周波数標準との相互比較及び標準時系生成への取組を紹介する。単一イオン光時計との直接周波数比測定高精度な周波数比測定には、絶対周波数を経由しない直接比較が必要とされるのは1に書いたとおりである。我々は単一カルシウムイオン(40Ca+)光時計とストロンチウム(87Sr)光格子時計の直接周波数比較を実施[12]し、高精度に異種原子光学遷移間の周波数比を測定した。図1のように、NICTの87Sr光格子時計NICT-Sr1の87Sr 1S0 – 3P0遷移に周波数安定化したレーザー(周2102   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準

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