先の基準座標系の構築手順を時系構築の観点から、もう少し細かく見てみよう。1.概念設定考慮する物理法則として、ニュートン的な絶対時間で十分か、相対性理論まで取り込む必要があるか、あるいは更に拡張した理論が必要か、構築したい座標系の概念を定める。2.物理構造の選択地表面とその周囲、地球の自転、プレート運動、太陽系、銀河の回転、原子の量子遷移など、どの物理構造を選択するのか、必要とされる精度で矛盾が起こらないように座標系を設定する。例えば、世界時UT (Universal Time)*4やTAIは、それぞれの物理構造に地球の自転やセシウム133(133Cs)の超微細構造遷移を選んだ例である。3.構造のモデル化概念的な座標系に恣意性を持たせることになるが、概念的な物理構造を実際に扱えるようにするために、概念を様式化、あるいは規定した慣習的なreference systemを検討し、目的とする精度に必要なパラメータを決定する。例えば、地球時TT(Terrestrial Time)の秒の長さ(歩度)を回転するジオイド上のSI秒(国際単位系の秒の歩度)に一致するように定義することは、国際天文学連合IAU(International Astro-nomical Union)*5の決議案A4(IAU1991 Resolution A4)[6]に記述されている。4.現示上記1~3で考慮したtime systemを現示する。ETの例では、太陽や月、衛星といった天体の運行位置や軌道とその変化の観測を実際に行い、基準点の早見表である天体暦が概念的な系を現示している。あるいは、標準時系の時刻や時刻差の公表が現示にあたる。標準時系のTAIやUTC、BIPM地球時(TT(BIPMxx))は、定義のTTに基づくtime scaleである。5.拡張より多くの基準点での実現を考慮する。時系の場合、系全体(遠隔地)への供給がこれに相当し、日本標準時JST(Japan Standard Time)の配布はこの例である。5つのtime systemの関係1970年代に相対性理論を取り入れた天体暦が普及し始め、速度や重力場の時系への影響を考える必要が生じた。ここでは、太陽系重心座標時TCB(Barycen-tric Coordinate Time)と地心座標時TCG(Geocentric Coordinate Time)、太陽系力学時TDB(Barycentric Dynamical Time)、地球力学時TDT(Terrestrical Dynamical Time)、TTの5つのtime systemを紹介する。TCBは太陽系の重心に空間座標の原点を持つ太陽系重心座標系BRS(solar system Barycentric Refer-ence System)の時間部分で、太陽系天体の運動など太陽系内における運動を記述する力学時である。太陽系重心に静止している正確な時計の固有時から、太陽を含む太陽系天体の重力場の影響を除いた時系と定義される。おおまかに言えば、TCBは太陽系の重力場が無視できるくらい太陽系から十分離れたところに静止している正確な時計の固有時であると言ってよい[3]。TCGは空間座標原点として地球の重心を採用する地心座標系GRS(Geocentric Reference System)の時間部分で、地上の実験室や地球の周りを回る人工衛星の運動など地球近傍の運動を記述する力学時である。TCGは地球の中心に静止している正確な時計の固有時から地球自身の重力場の影響を除いた時系として定義される。相対論的効果により、TCGはTCBに比べて、太陽系重心に対する地球の速度の分だけ遅れ、さらに地球における太陽や他の太陽系天体の重力場の分だけ遅れる。地球は太陽の周りをほぼ楕円運動しているため、太陽系の重心に対する地球の速度は一定ではない。また、地球と他の太陽系天体との距離の変化に応じて、地球が感じる重力場の強さも時間と共に周期的に変化する。この遅れは時間に比例する成分と周期的な成分に分けられる。この内の周期的な成分の振幅は1.6ms程度であるが、時間に比例する成分の大きさが1日あたり1.3ms程度であるため、このままで3*4世界時UT1884年に米国ワシントンで開催された世界の標準時を協議する国際子午線会議で国際的な標準時に採用された天文時(正午から1日が始まる時系)であるグリニッジ平均時GMT (Greenwich Mean Time)を、常用時(正子(夜中の12時)から1日が始まる時系)に統一する際に使われるようになった[1]。GMTはグリニッジ天文台(本初子午線)での平均太陽時である。太陽時は太陽の子午線通過から次の子午線通過までを1日とする時系である。地球の公転軌道が楕円軌道であること、また公転軌道と自転軸が傾いていることに由来する太陽時の周期揺らぎを平均化した時系を平均太陽時という。精度を上げるため、実際には恒星の子午線通過から次の子午線通過までを1日とする恒星時を基に平均太陽時を求めている[21]。暦表時ET以前は秒の具体的な定義は明示されていないが、当時の秒の定義は平均太陽日の1/86 400ということになる。UTには、平均恒星時から直接求めた地球の北極方向を基準にした世界時であるUT0, UT0に地球の自転軸の歳差・章動による変化などの極運動を補正し瞬間軸方向を極としたUT1や自転速度変動の修正を加えたUT2がある[18]。のちに、UT2の計算に使われた経験式が正しくないことが分かったため、世界時として現在ではもっぱらUT1が用いられている[3]。*5国際天文学連合IAU1919年に創設された世界中の天文学者で構成されている国際機関[22]。国際協力を通じてあらゆる側面から天文学の発展を図ることを目的としている非政府の国際組織。研究分野ごとに設置された9つの部会と、その下にある35のテーマ別委員会及び50あまりの作業部会からなる[23]。52 現示精度に基づいた標準時系の階層
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