研究背景1.1光周波数標準光周波数領域の原子時計(以下光時計)は、イオントラップ技術を用いた単一イオン光周波数標準(イオン光時計)と中性原子の光トラップを利用した光格子時計に大別される。光時計は、1.レーザー冷却により極低温まで冷却された原子・イオンを利用しているため、ドップラー効果による時計周波数への影響が小さい。2.イオントラップや光格子技術を利用した強い束縛により、ラムディッケ状態と呼ばれる反跳シフトを抑えた状態を実現できる。3.数百THzの光遷移を時計遷移として利用しており、数GHzのマイクロ波遷移の場合よりも同じ不確かさに対しての相対不確かさが極めて小さい。なお、本章で解説する115In+時計の利用する時計遷移周波数は1267 THzで、これは現在知られている光時計の中では最も高い周波数である。などの性質を持つ。これまでに多くの研究機関によって現在の秒の定義を担っているマイクロ波セシウム(Cs)原子時計の確度を超えた計測を実現してきた。光時計は1980年代にH. Dehmelt らによってイオントラップ方式が提案され[1]、その実現が期待されていた。2000年代前半には光領域の絶対周波数を計測可能とする光周波数コムが発明され、光領域の精密周波数計測が現実的になった。また同時期には香取らによって光格子時計が提案され[2]、それ以降各々の方式・原子種で競争的に開発が進められている。NICTでは、40Ca+を用いたイオン光時計と、ストロンチウム原子を用いた光格子時計の開発を行ってきた。第3期中長期計画(2011年~2015年)から、40Ca+よりも周波数標準として高い性能を持つ115In+イオン光時計の開発を始めた。本稿ではこの115In+イオン光時計についての解説と報告を行う。1.2イオン光周波数標準イオン光周波数標準はイオントラップで捕捉したイ1NICTではインジウムイオン(115In+)光周波数標準(光時計)の研究開発を行っている。115In+の時計遷移周波数は電場・磁場や黒体輻射などの影響を受けづらく、10-18の相対不確かさが達成できる周波数標準として期待されている。本稿ではリニアトラップ中でカルシウムイオン(40Ca+)により共同冷却した115In+を用いた光時計について詳説し、研究の進捗について報告する。2017年には時計遷移周波数を5×10-15の確度で計測し、国際度量衡委員会(CIPM)推奨値の改訂に大きく貢献した。その後の研究において、特定準位への光ポンピングを行うことでより精密な周波数分光を実現したインジウムイオンでは世界で初めて、時計レーザーの時計遷移への周波数ロック動作を達成した。Singly-ionized indium is a candidate for a highly accurate ion clock with uncertainty at the 10-18 level owing to low sensitivities to surrounding fields. In this report, we summarize the progress of an optical clock based on an indium ion (115In+) sympathetically cooled with a calcium ion (40Ca+) in a linear trap. In 2017, we measured the absolute frequency of the clock transition with an uncer-tainty of 5×10-15, resulting in an update of the Comite International des Poids et Mesures (CIPM) recommended frequency. Since then the observed linewidth of the spectrum was reduced suc-cessfully by optical pumping to specific Zeeman substates, and the stabilization of the clock laser to the transition was demonstrated for the first time in an In+ system.4-6 インジウムイオン光周波数標準4-6Indium Ion Optical Frequency Standard大坪 望 李 瑛 松原健祐 Nils Nemitz 蜂須英和 石島 博 早坂和弘 井戸哲也Nozomi OHTSUBO, Li YING, Kensuke MATSUBARA, Nils NEMITZ, Hidekazu HACHISU, Hiroshi ISHIJIMA, Kazuhiro HAYASAKA, and Tetsuya IDO1174 原⼦周波数標準
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