オンを対象に特定の光学遷移の周波数を計測し、その遷移周波数を標準周波数として利用する。イオントラップは帯電したイオンを電気的な作用で捕捉する技術で、開発者のH. Dehmelt・W. Paulらは1989年にノーベル物理学賞を受賞した。図1にイオンの周波数計測で用いる電子シェルビング法について示す。電子シェルビング法で周波数を計測するためには2つの遷移が必要となる。1つは実際に周波数の基準となる「時計遷移」で、高確度での周波数計測に適した線幅が狭い禁制遷移が選ばれる。この時計遷移はその線幅の小ささから直接自然放出光を検出することはできない。そこでもうひとつの強い遷移を「検出遷移」として用いることで遷移励起の有無を確認する。照射した時計遷移レーザー周波数が、原子共鳴周波数から外れていた時、原子は基底状態のまま維持され、検出光の吸収・放出を行う。しかし、原子共鳴付近の時計レーザー光を照射すると一定確率で時計遷移を起こし励起準位に棚上げ(shelving)される。棚上げされた状態のイオンは検出光との相互作用をしないので、光子を放出しない。このため検出遷移による光子放出の有無で時計遷移励起を検出することができる。この試行を100回程度行い、その結果より励起確率を計算する。時計遷移周波数を掃引しつつ励起確率を調べることで時計遷移スペクトルを得ることができる。1.3イオン光時計の種類イオン光時計には2族(II族)元素を主とするアルカリ金属型電子配置を持つイオンと、13族(IIIB族)元素によるアルカリ土類金属型電子配置を持つイオンが広く用いられている(表1参照)。アルカリ金属型イオンにはCa+, Sr+などが含まれ、一般的にJ=1/2→J=5/2の四重極遷移を時計遷移として利用する。また希土類元素であるYb+もアルカリ金属型イオンと同様の性質を持ち、また四重極遷移のみならず八重極遷移も時計遷移として利用することができる。アルカリ土類金属型イオンにはアルミニウムイオン(27Al+)やIn+が含まれ、スピン禁制のJ=0→J=0遷移が利用される。アルカリ金属型イオン時計は必要となる光学遷移の多くが可視領域にあり、半導体レーザーや第二次高調波技術で容易に実現できるという利点があるものの、時計遷移が電場・磁場の影響を受けやすいという性質があり、精密な周波数計測の際にはこれらに起因する系統不確かさの取扱いに注意が必要である。アルカリ土類金属型イオン時計は、その光学遷移波長が深紫外・真空紫外領域にあり、光源や光学素子の調達など技術的に困難な部分が多いが、時計遷移は外図1 電子シェルビング法による時計遷移励起計測方法と、それを用いた時計遷移スペクトルの計測方法検出遷移(強い遷移)時計遷移(弱い遷移)(b) 時計遷移あり(a)時計遷移なし時計遷移光照射Shelving!光を吸収し光子を放出励起率時計遷移光周波数Nb/(Na+Nb)Na回Nb回f0gggeΘ/(e a02)fBBR@300K主たる研究組織40Ca+411 THz2.0021.2001.830.38 HzNICT(日)[3]、WIPM(中)[4]88Sr+445 THz2.0021.22.60.25 HzNPL(英)[5]、NRC(加)[6]171Yb+(E3)642 THz1.9981.145-0.041-0.067 HzPTB(独)[7]、NPL(英)[8]27Al+1121 THz-0.8e-3-2.0e-30-0.0043 HzNIST(米)[9]115In+1267 THz-0.6e-3-0.99e-30-0.017 HzNICT(日)表 1 各種イオン時計遷移の性能比較f0は時計遷移の周波数、gg及びgeはそれぞれ基底準位・励起準位のg因子、Θは四重極場の大きさ、∆fBBRは黒体輻射シフトの大きさを示している。118 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準
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