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場からの影響を受けづらく、時計として優れている。アルカリ土類金属型時計は1S0と3P0間の時計遷移は電子系総角運動量J=0の二準位間の遷移であることから、四重極電場や磁場による周波数シフト要因が極めて小さい。これは電気四重極遷移を時計遷移として用いる、電磁場変動に比較的感度の高いアルカリ金属型電子配置イオン種とは対照的である。また、遷移周波数がすべて紫外領域にあることも幸いし、黒体輻射によるシフトも極めて小さいという性質を持つ。115In+の持つアルカリ土類金属型電子配置イオン種の利点は27Al+光時計で活用され、10-19台の不確かさを実現できることが実証されている[9]。1.4In+イオン光時計アメリカ国立標準技術研究所(NIST)で開発されたAl+イオン周波数標準は、振動モードを介在することで周波数計測を行うイオンとは異なるイオンに量子状態を転写する「量子論理分光(Quantum Logic Spectroscopy: QLS)」と呼ばれる量子状態検出手法を用いて実現された。これに対し115In+の1S0-3P1遷移は線幅が360 kHzとスピン禁制遷移でありながらAl+の530 Hzより比較的大きく、この遷移を利用した量子状態の検出が可能である。これによりQLSを用いることなく、より簡易なシステムでの周波数計測を実現することができる。115In+はこれらの特性から、光時計の最初の提案から候補に挙げられたイオン種であった。2000年代前半には光コムの発明に伴って115In+イオン時計遷移周波数計測も行われた。しかしNICTが時計遷移周波数の計測を実現するまで周波数値の報告を行ったのは2グループのみであった[10][11]。しかもその精度は10-13にとどまり、なおかつ2つの報告値はその不確かさを超えて1 kHzの差があり、事実上、時計遷移周波数の絶対値は未決状態であった。2017年にNICTが10-15台の新たな計測を行い、これが不確かさの範囲内で過去の報告値の1つと不確かさの範囲内で一致した[12]。これに伴って2003年以降更新されなかった115In+時計遷移の国際度量衡委員会(CIPM)の定める周波数推奨値(1 267 402 452 901 050(20)Hz)がNICTの報告値(1 267 402 452 901 049.1(6.9)Hz)とほぼ一致する値で更新がなされた。この詳細については3.1で解説する。現在までに開発されているイオン光時計はすべて単一イオンを対象にした周波数計測を行っている。複数回の試行を伴った電子シェルビング法により励起確率を計測する単一イオン光時計は、多数の原子を用いて一度に励起率を計測する光格子時計よりも周波数値の計測に時間がかかり周波数安定度の面で劣る。「複数イオン光時計」が実現できれば、この安定度の欠点を補い、イオン時計に新たなブレークスルーを与えることが期待される。115In+イオンは以下のような理由から多数個での周波数計測が可能であり、「複数イオン光時計」の実現に最も有力な候補である。••電気四重極シフトを受けないため、複数のイオンを同時にトラップしてもお互いのイオンがつくる電場の影響を受けない。••磁場や黒体輻射などの影響が小さいため、計測されるイオンがある程度空間的に広がって分布していても、その位置の違いによる周波数シフトの影響は小さい。••1S0-3P1遷移を利用した直接量子状態検出が可能なので、多数化したときの量子状態検出が容易である。1.5Ca+イオンとの共同冷却In+イオンは1S0-3P1遷移は線幅が360 kHzであり、量子状態検出には利用できるものの、レーザー冷却速度は線幅数十MHzの遷移を利用できる原子種と比較すると2桁ほど低い。特にイオンをトラップにロードするときには、高い初期速度でドップラー広がりを持った状態を単一周波数のレーザーで冷却するのは困難である。しかし、前述のとおりIn+イオンは四重極シフトに鈍感であることから、他のイオンと同時にトラップすることが可能である。この性質を利用し、本研究ではCa+イオンと同時にトラップし、レーザー冷却されたCa+イオンによる共同冷却でIn+を冷却する。トラップ電極に関しては次節にて解説するが、トラップされた複数個イオンは1次元の線上に並ぶことになる。トラップされた単一イオンのトラップ周波数は高周波(RF)場の場合はイオンの質量に反比例して、静電場の場合は質量の平方根に反比例する。複数のイオンがトラップされたとき、イオンは各々の質量と配列に依存した「集団振動モード」で振動する。表2にCa+とIn+をトラップした場合の集団振動モード周波数を示した。表で示すとおり、2つのCa+と1つのIn+をトラップした場合、In+の位置に依存してモード周波数が異なる。これを利用して特定の配列の時だけトラップイオンを大きく揺さぶり結晶状態を崩壊させることが可能で、この手法を用いて配列の制御を行うことができる[13]。実験装置2.1トラップ電極 In+イオン光時計ではlinear-Paulトラップと呼ばれ21194-6 インジウムイオン光周波数標準

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