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磁気光学トラップ、磁気トラップも実現されている[17]。そのため、40Ca19F分子の振動遷移周波数の精密計測の可能性にも言及する。魔法周波数(470.5、または498.3 THz)のレーザー光でトラップされた40Ca19F分子のX2Σ (v,N,J,F,M) = (0,0,1/2,1,±1)-(1,0,1/2,1,±1)遷移周波数(17.472 THz)も17桁程度の確度で測定できると期待される[18]。2.3リニアトラップ内の分子イオン振動遷移周波数の精密計測交流電場でトラップされた分子イオンの振動遷移も精密計測に用いることが可能である。分子イオンのレーザー冷却は困難であるが、同時にトラップされた原子イオンをレーザー冷却して冷媒とすることで分子イオンの運動エネルギーも下げることができる(共同冷却)[19]。リニア型電極でトラップされた少数個のイオンの温度を下げるとそのイオンは電場がゼロとなる中心軸上に弦状の結晶状態で並ぶので、トラップ電場によるStarkシフトは非常に小さくなる。リニア電極にトラップされたイオンは大きな電場勾配を受けるため、電気的四重極シフトが問題になることが多いが、四重極子モーメントがゼロである準位間の遷移ではそのシフトを受けない。これまでに中赤外または光領域で18桁の確度を得ることができる同種核二原子分子イオンの振動遷移周波数が量子標準として提案されている[19]。同種核二原子分子の中で比較的トラップが容易なN2+ 分子イオンの2Σ (I = 0) (v,N,J,M) = (0,0,1/2,±1/2) – (v’,0,1/2,±1/2)遷移周波数はZeemanシフト及び電気的四重極シフトがゼロであり、DC電場によるStark係数も1×10–19/(V/cm)2よりも小さくなる(ここで、I: 核スピン, v’ = 1,2,3….)[19]。v = 0-1振動遷移周波数は14N2+で65.2 THz、15N2+で63.0THzである。300 Kにおける黒体輻射によるシフトは18桁目であり、Sr光格子時計[6]よりも3桁小さくなる[19]。振動遷移の自然幅は1 mHz以下であるのでスペクトル線幅は実質上レーザー線幅で決定される。測定に用いる遷移を選択する際には、線幅の狭い光源が容易に得られる遷移を選ぶことが有利となる。この遷移は一光子禁制なので二光子遷移が必要であるため一般的には検出光から受けるStarkシフトが顕著になるが、Hyper Ramsey法[20]などを採用すれば4桁程度小さくなり、18桁程度のシフトになる。また、Starkシフトの方向は周波数に依存するため、1本が正の、もう1本が負のシフトを起こすように周波数調整された2本のレーザー光の組合せでRaman遷移を起こせばStarkシフトを抑制しながら遷移を観測することも可能である。以上の特性は14N2+と15N2+でほとんど違いはないが、核スピンIの関係で15N2+は14N2+に比べて状態選別の点で有利である。共鳴光イオン化を用いれば特定の振動・回転状態のN2+分子イオンを用意できるが、偶数の回転状態ならば14N2+分子イオンはI = 0または2、奇数の回転状態ならばI = 1となる。偶数回転状態の分子イオンからI = 0だけを状態選別することは容易でない上に、仮にI = 2ならば準位構造が複雑で二次Zeemanシフトが顕著に現れることになる。これに対して、15N2+分子イオンであれば、偶数の回転状態では必ずI = 0になるので状態選別が容易である。16O原子核のスピンがゼロであることに着目して16O2+ 分子イオンの2Π1/2 (I = 1) (v,J,M) = (0,1/2,±1/2) – (v’,1/2,±1/2) (v’:1以上の整数)遷移(v = 0-1遷移周波数は56.5 THz)も18桁の確度を持つ周波数標準に有用である[21]。前述のN2+分子イオンとの違いは±10–15/Gレベルの一次ZeemanシフトがあるためにM = ±1/2-±1/2遷移周波数を平均して影響を除去する必要があることと、レーザー光によるStarkシフトが常に負であるので検出光を受けた時のStarkシフトを除去するためのHyper Ramsey法[20]が必要になることである。以上の同種核二原子分子イオンを比較すると、15N2+は希少な同位体であるために高価なガスが必要であるものの、実験的取り扱いの点や到達可能な確度の点では最も有利であると思われる。2.4分子イオンのTHz領域の回転遷移周波数の精密計測可能性 2.3で述べた分子の振動遷移周波数は中赤外・光領域であり、テラヘルツ標準の開発には異種核二原子分子イオンの回転遷移周波数が参照基準として適している。Hを含む分子は回転準位間のエネルギー差が大きいので低い状態の回転遷移周波数でもTHz領域に入る。なお、2.3で示したような同種核二原子分子イオンでは、永久双極子モーメントがゼロであり禁制遷移になるので分光には使えない。イオンの場合は電気的四重極シフトが問題になることが多いが、図2で示すようなXH+分子イオンのX1Σ(v,N,F) = (0,0,1/2) – (0,1,1/2)遷移ではそのシフトはゼロになる[22]。この遷移が存在するのはH原子核スピンが1/2であるためであり、XH+を用いる別の利点である。また、一光子電気双極子許容遷移であるのでTHz光源(量子カスケードレーザー等)を周波数安定化することに適している。ただし、XH+分子イオンの多くは永久双極子モーメントが大きく(例えば40CaH+では5.3D[23])、トラップ電場によるStarkシフトが無視できない(図2で示すようにエネルギーシフトはN = 0のみで生じる)。ここでは、永久双極子モーメントが0.9D[23]130   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準

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