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と比較的小さく、Starkシフトが小さい202HgH+分子イオンについて論じることにする。202HgH+分子イオンは、RF電場でトラップされた202Hg+イオンに202Hg+ + H2 →202HgH+ + H 反応を起こさせることで生成できる。この反応を起こすには波長194 nmの励起光を使って202Hg+イオンを励起する必要がある[24]。このような真空紫外域の励起光をレーザーで発生させることは単純でないものの、放電ランプで得ることは可能である。202HgH+イオンが生成された後、共同冷却で運動エネルギーを1 mK以下にする。共同冷却のために同時トラップされるイオンとしては202HgH+分子イオンと質量が近くてレーザー冷却が容易な174Yb+または138Ba+イオンが有用である。202HgH+分子イオンの X1Σ (v,N,F) = (0,0,1/2) – (0,1,1/2)遷移周波数(0.39 THz[23])が受けるDC Starkシフトは8.8×10–13/(V/cm)2である。リニアトラップ内の少数個のイオンを1 mK以下に冷却すると電場がゼロであるトラップ軸近傍で一列に並ぶ弦状結晶が生成される。その状態で分子イオンが受ける電場はイオンの振動運動の振幅が0.1 µm以下であることから0.03 V/cm以下であると見積られる。その場合、トラップ電場によるStarkシフトは10–15よりも小さくなる。H核スピンと分子回転の相互作用で生じるZeemanシフトは、M = ±1/2 – ±1/2遷移について∓10–8/G程度であり、両遷移周波数を平均すれば除去できる。一方、1.3×10–9/G2程度の二次Zeemanシフト(図2で示すようにエネルギーシフトはN = 1のみで生じる)が存在するので、それを10–15以下に抑制するには磁場を1 mG以下にまで抑制する必要がある。黒体輻射によるStarkシフトの影響は小さく、1.4×10–17程度になると見積られる。二次Dopplerシフトも1mK以下の運動エネルギーでは10–16以下である。以上に示したようにトラップ電場、黒体輻射によるStarkシフト、二次Zeemanシフトを抑制することで202HgH+分子イオンの X1Σ (v,N,F) = (0,0,1/2) – (0,1,1/2)遷移周波数の系統的誤差範囲を10–15以下に抑えることが可能である。弦状結晶状の分子イオンの遷移を観測する方法としては量子情報的手法[8]が有用である。ただし、量子情報的手法は技術的に複雑であるうえに少数個の分子イオンにしか適用できないので統計的誤差範囲を抑えるには長時間の測定が必要になる。202HgH+分子イオンは電子基底状態X1Σと励起状態A1Σで結合距離の変化が小さいことがある。そのため、X1ΣとA1Σ 状態(Xは電子基底状態、Aは電子スピンと電子軌道角運動量がゼロである1Σ状態の電子励起状態で一番エネルギーが低い準位)の間では同じ振動状態の間のみで結合するのでX1Σ (v,N) = (0,1) と A1Σ(v,N) = (0,0)状態間で227 nm光の吸収、自然放出遷移を繰り返す。そのため回転遷移の有無を電子棚上げ法による蛍光観測でモニターすることができる(図3)。この方法は量子情報的手法に比べてずっと単純である。準安定状態のX1Σ (v,N) = (1,1) と A1Σ(v,N) = (0,0)状態間で共鳴するRepumpレーザー光を入射するとより長くサイクル遷移を続けることができる。さらにトラップ電場のRF周波数を19 kHzにするとトラップ電場から受けるStarkシフト(正のシフト)と分子イオンの運動による二次Dopplerシフト(負のシフト)がキャンセルし合うので弦状結晶内の分子イオンを用いる必要はなく、多数個の分子イオンで形成されるクーロン結晶[25]で測定を行うことも可能である。40CaH+や24MgH+分子イオンではXとA状態で結合距離が大きく変化するのでサイクル遷移にはならないで、同じ方法を用いることはできない。202HgH+分子イオンの X1Σ (v,N,F) = (0,0,1/2) – (0,1,1/2)遷移周波数は単純な検出法で系統的、統計的誤差を共に10–15以下に抑制するのに有利である。図2XH+分子イオンのX1Σ (v,N,F) = (0,0,1/2) – (0,1,1/2)遷移。トラップ電場から受けるStarkシフトや磁場から受けるZeemanシフトの様子を示す。図3202HgH+分子イオンのエネルギー準位図。基底状態X1Σ (v,N) = (0,1) 状態の分布をA2Σ v = 0, N = 0状態へのサイクル遷移で生じる蛍光(電子棚上げ法)でモニターする様子を示す。Repumpレーザー光を用いると準安定状態からの再励起が起きて、より長くサイクル遷移を保つことができる。1314-7 テラヘルツ周波数標準

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