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テラヘルツ周波数標準の開発NICTでは2つのアプローチでTHz周波数標準器を開発してきた。1つは分子のTHz量子遷移を参照基準として周波数安定化されたTHz光源である。これは単独で動作する標準器になる。また、この開発には精密分子分光が必須技術であるため、前章で説明したTHz分子時計の実現に向けたマイルストーンにもなっている。もう1つの方式は、光コムを利用してマイクロ波もしくは光標準をTHz帯に波長変換する。こちらは既存の標準と常時リンクの確立された環境下では、一定の周波数間隔で広く分布する、非常に高精度なTHz周波数基準グリッドを発生できる。3.1一酸化炭素分子安定化3.1THz量子カスケードレーザー周波数(波長)標準器を構築する際には、取扱い易い光源が入手できることや精密分光の手法が確立されていることなどの技術的要件を満たすことに加えて、量子標準として最適な原子・分子の選定が重要になる。THz量子標準への要求は、i. THz領域に多くの遷移が存在すること、ii. 理論的に取り扱いやすいこと、iii. 外部摂動による遷移周波数シフトが小さいこと などが挙げられる。我々は一酸化炭素(CO)分子をTHz量子標準として採用し、振動状態が不変の純回転遷移を参照基準とすることで周波数安定化THz量子カスケードレーザーを開発した。
3.1.1一酸化炭素の物性二原子分子の回転定数BrotはBrot=h/8π2IBで表される。ここでh はプランク定数、 は分子軸に垂直方向の慣性モーメントである。CO分子の場合、Brot= 57.889GHzとなる。シュレディンガー方程式の固有値として得られるJ準位の回転エネルギーはErot=2hBrotJ(J+1)になる。ここで、Jは回転量子数である。よって、J+1←Jに対応する遷移スペクトルは周波数νJ+1←J=2hBrot(J+1)に現れ、隣接するスペクトルの間隔は2hBrotになる。分子の永久双極子モーメントをμとすると、J+1←J遷移モーメントは、¦μJ+1←J¦2=μ2(J+1)/(2J+1)である。また、スペクトル線形をローレンツ形と仮定して、J+1←J回転遷移周波数ν0における吸収係数α(ν0,J,P)を求めると、α()= ()))∑)))(1)となる[26][27]。ここでc,ϵ はそれぞれ光速と真空の誘電率、NJはJ準位の単位圧力当たりの分子数P はガス圧、kBはボルツマン定数、Tは温度、Δνはスペクトル線幅を表している。CO分子の回転遷移スペクトル分布を図4に示す。回転スペクトルは0.1~3.5THzの間に幅広く分布しており、その間隔は約120GHzとなる。分子のエネルギー準位は外場と相互作用して摂動を受ける。THz量子標準の遷移周波数を決定するためには、様々な摂動の影響による周波数シフトを理論計算若しくは実測で見積もらなければならない。CO分子は単純な構造の二原子分子であるため、多数の分子からなる構造的対称性の低い、非対称コマ分子と比較して周波数シフトの計算が容易になるという利点がある。遷移周波数と一致したレーザー光が分子に入射したとき、レーザー電場によるAC Stark効果が生じる。一般に、J準位エネルギーEJはこれと隣接したJ±1準位との混合によって摂動を強く受けるが、レーザー周波数がJ+1←J遷移周波数と完全に一致している場合、J-1準位からの影響だけが残る。このとき、J準位エネルギー変化ΔEJは、3表2 12C16O分子のJ = 27 ← 26回転遷移に関する性質Molecular NameCarbon-Monoxide (12C16O)TransitionJ = 27 ← 26Transition Frequency3097.90936(17) GHz[34][35]Natural Linewidth~2 mHzAbsorption%3.5 × 10–1 /cm /TorrDoppler Width (FWHM)7.2 MHz (296K)Collisional Broadening (FWHM)~6 MHz/Torr[33]–[38]Interaction-Time Broadening (FWHM)22.2 kHz/cm (296K)Stark Shift0.1 mHz/(V/cm)2Zeeman Shift~ mHz/G (ΔM=0)~ kHz/G (ΔM=±1)Collisional Shift< -30 kHz/Torr[29]–[33]図4 理論計算で得られたCO分子の回転遷移スペクトル132   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準

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