誘導ブリルアン散乱[47][48]は、ある閾値以上の高いパワーのレーザー光を光ファイバーに入射すると、光ファイバー媒質内に発生する音波と光の相互作用によりその入射光の一部が反射光(後方散乱光)として入射元に戻ってきてしまうもので、光通信の世界では良く知られている現象である。誘導ブリルアン散乱が起こる条件は、光ファイバーの長さ、入射するレーザー光の光強度及び線幅に依存しており、線幅数MHzのレーザー光を数十kmの光ファイバーに入射した場合は、レーザー強度が数mWを超えると誘導ブリルアン散乱が起こり始める。光ファイバー長とレーザー線幅で決まる入射可能閾値以上に入射光強度を上げても、入射光のほとんどが反射光として戻ってくるだけであるため、誘導ブリルアン散乱はコヒーレント光通信において光ファイバーへの入射光パワーを制限する一因になっている。誘導ブリルアン散乱による反射光の周波数は、光ファイバー媒質の屈折率、音波の速度、入射光の波長によって決まり、光通信帯の光ファイバーやレーザー光を用いた場合、その反射光は入射光よりも約11 GHz低い周波数に現れ、音響フォノンの寿命により約10 MHzの線幅を持っている。ファイバーブリルアン増幅(Fiber Brillouin Amplification)[49]–[51]はこの誘導ブリルアン散乱を利用した増幅方法であり、後方散乱光が発生している周波数帯域内に合うように光ファイバーの反対端から信号光を入射させると、その信号光が誘導ブリルアン散乱の大きさに応じて増幅される。もう少し詳しく説明すると、図10にあるように、信号光を光ファイバーに入射させる場合、光ファイバーの光ロスにより信号光の強度は下がるが、光ファイバーの反対端から光サーキュレーターを介して信号光より約11 GHz高いレーザー光を励起光にすると、誘導ブリルアン散乱により信号光の周波数付近に利得が生じ信号光が増幅されるというものである。ファイバーブリルアン増幅は、光通信で広く使用される希土類添加光ファイバー増幅器や半導体光増幅器に比べると、利得は大きいが、増幅可能バンド幅は10 MHzと非常に狭い(表3)。しかし、この特性を逆手に取れば、10 MHzの周波数範囲だけを選択的に取り出す狭帯域バンドパスフィルターとして応用することができる。そこで、ファイバーブリルアン増幅のセットアップを2系統用意し、fsレーザー光コムに同時に適応することで、光コムの2つのモードを選択的に抜き出している。実験セットアップを図11に示す。今回用いた光コムは、fsパルスファイバーレーザーであり、発振スペクトルは10 THz以上に広がっている。繰り返し周波数(モード間隔)は100 MHzで、その周波数は日本標準時などの安定な参照信号を原振にした信号発振器のマイクロ波信号に安定化されている。fsレーザーの出力は50 mWであり、モードの数(10万本)を考慮すると1モードあたりの出力は1 µW以下である。fsレーザーの出力光はそのまま50 kmのファイバースプー図10 誘導ブリルアン散乱を利用した光増幅表3 希土類添加光ファイバー増幅器(EDFA)とファイバーブリルアン増幅(FBA)との比較136 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準
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