ブリルアン散乱はファイバースプールのみで起こる現象ではなく、実際に敷設されているファイバーリンクでも起こる。つまり、敷設ファイバーリンクにおいて発生する誘導ブリルアン散乱を利用すれば、ファイバーリンク先で光コムの2つのモードだけを選択的に増幅して取り出すことができ、光混合により、伝送元の光コムをベースにしたTHz連続波を発生させることができる。この手法の特徴的なところは、伝送先のユーザーが自分の必要なTHz周波数に合わせて、選択増幅する光コムのモードを決めることができる点にある。図26にあるように、NICTなど周波数国家標準を維持する機関が、その基準信号を用いて光コムのモード間隔を制御し、敷設ファイバーリンクを用いてその光コムを遠隔地に伝送しておけば、遠隔地のユーザーは必要なTHz周波数に応じてファイバーブリルアン増幅の周波数を変えることで要求するテラヘルツ基準信号が得られる。ここで問題になるのは、敷設ファイバーリンクが、温度や振動によって伸び縮みすることにより、伝送中に光コムのモード間隔が変化してしまうことである。その結果、伝送先で得られるTHz基準信号の周波数も変動する。光ファイバーリンクにより実際のTHz基準信号の精度がどのくらい劣化するか、50 kmのファイバースプール、NICT機構内の建物間に敷設された長さ1 kmファイバーリンク、往復長さ90 kmのJGN光テストベッド[61]を介して100GHz連続波を発生させ、その周波数の時間変化を評価した。機構内の1 kmの敷設ファイバーリンクは、誘導ブリルアン散乱を起こすにはファイバー長が短すぎるため、50 kmのファイバースプールを足している。得られた結果を図27に示す。50 kmのファイバースプールを通した後の100 GHz波の精度は、光コムのモード間隔を安定化した信号発生器のマイクロ波信号のそれと同程度であるため、ファイバーの伸び縮みによる影響は小さいことが分かる。1kmの敷設ファイバーリンクを利用した場合は、長期安定度に少しだけ劣化が見える。これによりファイバー長がゆっくり時間と共に変化していることを示している。JGNの90 kmファイバーリンクを使った場合では、短期でも長期でも周波数変化があることが分かり、その変化の大きさは夜間よりも昼間の方が大きい。NICTが活動を推進している超高速研究開発ネットワークテストベッドJGNの光テストベッドは、NICT本部(小金井)から東京都大手町まで敷設されたファイバーリンクであり、電線と一緒の空中配線や電車の線路の脇の配線などファイバー敷設環境としては決して良くなく、様々な外乱を受けている。昼間の方が夜間よりも雑音が大きいのも、昼間の方が周りの環境の影響をより多く受けていることに起因している。しかしながら、このような雑音の多いファイバーリンクを使用した場合でも、0.1秒以上の平均時間で周波数安定度は1×10–11以下(100GHz波の場合1Hz以下の周波数揺らぎ)であり、現在のテラヘルツ応用の要求精度を十分満たすものであると言える。図26 光差周波THz発生によるテラヘルツ基準信号伝送の概念図図250.3 THz連続波から周波数合成された1GHz信号のSSB位相雑音スペクトル(a) 1 GHz signal synthesized from 0.3 THz cw radiation, (b) rf synthesizer 1 used in frequency multiplier chain, and (c) detection limit measured by using common 1 GHz signal from synthesizer 2. 参考文献[60]より転載。144 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準
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