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応用できることを示した。現時点では、THz領域の研究や応用で必要とされる周波数安定度・確度はまだ余り高くない。しかし、近い将来センシング分野や通信分野など様々な場面でTHz基準信号が必要になってくると思われ、今回紹介したシステムは簡便にTHz基準信号を遠隔地に伝送できる手法として利用できると考えている。5.2周波数コム技術による位相コヒーレントなテラヘルツ周波数伝送周波数コム技術を活用することで、位相コヒーレントなTHz周波数標準の伝送とその復元が可能になる[62]。この方式は前節の方式よりも高精度なTHz基準信号の伝送を実現できる。5.2.1位相コヒーレントTHz周波数伝送の原理図29は、周波数コム技術を利用したTHz周波数伝送の概念図である。ローカルサイトに設置されたTHz周波数標準は基準周波数fTHzを発生しており、それをTHz–光シンセサイザーでm/j逓倍することによって、THz標準に位相コヒーレントな光νcwを周波数合成する。ここで、m/jは有理数である。この逓倍過程により、大気中では伝搬損失が大きいために長距離伝送が困難であったTHz標準の位相情報を光に転写し、それを光ファイバーで遠距離へ送信することが可能になる。このとき注意を喚起すべきは、この逓倍過程では位相コヒーレンスが保存されており、それはTHz波とレーザー光との周波数混合によるアップコンバートとは本質的に異なることである。νcwに光通信波長帯を選ぶことで石英系ファイバーの超低損失特性を享受することができるが、問題はファイバー伝送中の光キャリアに印加される位相雑音の影響であり、それは転写されたTHz標準の位相情報(周波数精度)を劣化させる。これに関しては、複数本の光キャリアを必要とする前節の方式とは異なって、たった1本の光キャリアを伝送するので、ファイバーノイズキャンセル法[63][64]を採用することで容易に解決可能で、ファイバー雑音を十分に抑圧しながら、THz標準に位相コヒーレントな光をリモートサイトへ供給することができる。リモートサイトでは、伝送されたνcwを光–THzシンセサイザーでn/k分周することで、THz基準信号fkを復元する。ここで、n/kは有理数である。この分周過程も位相コヒーレンスを保存しており、光差周波発生によるダウンコンバージョンとは本質的に異なることに注意すべきである[65]。復元されたfkはローカルサイトのTHz標準にトレーサブルで、ユーザーはそれを所有しているTHz機器の校正などに利用できる。5.2.2位相コヒーレントTHz周波数伝送の実証実験位相コヒーレントTHz周波数伝送の実験システムを図30に示す。ローカルサイトとリモートサイトは、実験システム自体が持つ伝送精度を評価できるように、同じ実験室内に設置し、それらをスプールファイバーで接続した。ローカルサイトのTHz–光シンセサイザーはErファイバーfsレーザー(fs laser1)と光伝導アンテナ(PCA1)で構成されている。動作原理は4.2で説明したテラヘルツ分周器と類似しているが、f-2f自己参照法[66]で検出されたcarrier-envelopeオフセット周波数fceo1をDDS発振器からの20 MHzに位相同期させて、安定化している点が異なる。パルス繰り返し周波数frep1 = 100 MHzのfs laser1(Menlo System社C-Fiber HP)から出射した光コム(FLFC1)を構成する任意のm番目のモードの周波数はνm = m frep1 + fceo1である。PCA1を利用してFLFC1を光キャリアTHzコム(pc-THz comb1)に変換すると、その任意のj番目のモードの周波数はfj(pc) = j×frep1となる。PCA1にTHz標準からの信号fTHz1を入射させると、pc-THz comb1を構成する1本のモードとのビート信号が周波数() に発生する。本実験では0.3 THz連続波を疑似的なTHz標準として採用し、高抵抗シリコンビームスプリッター(HRFZ-Si BS)で分割した後、一方をTHz–光シンセサイザーに、他方をリモートサイトにおける伝送精度の評価に利用した。DDS発振器からの210 kHz信号と() の位相比較によって得られた制御信号を使って、fj(pc)を() に位相同期させると、()= ()−() になり、これはTHz周波数fTHz1をj分周したことになる。本実験では、j=3000であった。このfbeat1位相同期ループの制御帯域は約1.5 kHzであり、制御アクチュエータにはfs laser1の共振器長変調用ピエゾ素子を利用した。FLFC1の任意のモードの周波数は= (−)+ (13)となり、この式はfTHz1をj分周して得られたfrep1を更にm逓倍することで、fTHz1にコヒーレントな光周波図29 位相コヒーレントTHz周波数伝送法の概念図f: THz周波数, ν: 光周波数, m/j及びk/n: 有理数。参考文献[62]より転載。146   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)4 原⼦周波数標準

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