めてきた。GPSとVLBIは、本来は高精度な測位を行うための技術として1970年代末頃より開発が進められてきたが、本質的な技術要件として高精度な時計なくして実現不可能であった。その意味で本来時間・周波数計測分野と測地学とは強いつながりを持ち、我々が所属する時空標準研究室の名称や存在意義もそれを踏まえたものと言える。さらに、最近の光周波数標準器の開発は目覚ましく、時間周波数比較とは逆に時間・周波数計測分野から測地学への寄与が盛んに議論され、実際の実験観測や衛星ミッションも精力的に進められている。そこで、このタイミングで改めて時間・周波数計測分野と測地学との連携についてレビューし、今後の研究方針を立てる上での材料とすることは重要と考える。本稿では、これら高精度時間・周波数計測と測地学との連携について、まず、原子時計と宇宙測地技術の関係、特にGNSS及びVLBIを用いた時間周波数比較を通してこれまでの研究開発を振り返る。次に、最近機運の盛り上がりが著しい光格子時計の測地学利用を中心に、いわゆる“相対論的測地学”について概説し、加えてNICTも参画しているACES(Atomic Clock Ensem-ble in Space)ミッションを紹介する。なお、TWST-FTについては、最新の開発成果について述べられた本特集号5–2 [1]を参照されたい。高精度時間・周波数計測と宇宙測地学VLBIやGNSS等の宇宙測地技術を用いた観測において、原子時計が鍵技術(key technology)であることは論をまたない。また、1990年代に実用化の域に達し、地上系とは独立した時系を衛星軌道上に持つGPSの登場は、地球とその近傍で複数の異なる時系を常時維持管理することの必要性をあらわにした。ここでは、こうした宇宙測地観測や時系監視の実現を可能とした背景及び具体的な宇宙測地技術の応用例として時間周波数比較について述べる。2.1IERS Conventions*1時間・周波数計測分野と宇宙測地学の双方が緊密な連携を持つ証左のひとつが、宇宙測地観測データの解析処理全般におけるバイブルとも言える“IERS Con-ventions”である。ここで、IERSとは、International Earth Rotation and Reference Systems Service (国際地球回転事業)の略である。1989年、IERS Conven-tionsの前身に当たる“IERS Standards (1989)[2] ”が初めて発行された。これには、地球自転変動を計測するVLBIや地球重心の決定に重要な衛星レーザー測距 (SLR: Satellite Laser Ranging)、あるいは月軌道の精密決定のための月レーザー測距 (LLR: Lunar Laser Ranging)のデータ解析に不可欠な物理定数、基準座標系、あるいは物理モデル等が記載された。その後、GPSの拡充に伴って関連する記述が増えた“IERS Standards (1992) [3]”が1992年7月に発行され、次に、基準座標系や惑星暦の更新を反映させ、かつ名称を改めた“IERS Conventions (1996) [4]”が1996年7月に発行された。その後、2004年に発行された“IERS Conventions (2003) [5]”で“clock”の語が初めて登場する。“IERS Conventions (1996)”までは、米国海軍天文台(USNO: United States Naval Observatory)のDennis McCar-thyが単独の編者だったが、“IERS Conventions(2003)”では、McCarthyに並んで国際度量衡局(BIPM: Bu-reau international des poids et mesures)のGérard Petitが編集責任者に名前を連ね、“Time coordinates”の記述が新たに登場した。これは、本特集号7–1 [6]でも示された、BIPMと国際GPS事業(IGS: Interna-tional GPS Service*2)の協力によるパイロットプロジェクト(1989年〜)によって、IGS観測網に参画した世界各国の標準機関におけるUTC(k)*3を基準とした観測に基づくGPS衛星クロックオフセット*4推定の劇的な改善がなされたことが背景にある。その後、2010年に改定発行された“IERS Conventions (2010)[7]”では、Gérard Petitが筆頭編者を務め、時系の取扱いの重要度が更に増したことを印象づけている。2.2GNSSによる時間周波数比較【GPS供視法(GPS common-view)】汎地球的規模での高精度測位を実現した米国のGPSは、GNSSの先駆的存在であり、かつ現在でもその代表格といえる。衛星内部に高安定の原子時計を搭載したGPSを時間周波数比較に応用する構想は、早くも1980年には議論され始めた。Allan and Weiss[8]により提唱されたGPS供視法(GPS common-view)は、全世界規模での比較を可能とし、TAIの比較ネットワーク構築に多大な寄与をもたらした。GPS供視法は、距離を隔てた2地点間で共通に見えるGPS衛星から得られたデータの差分を取ることで時間周波数比較を行う。そのため、衛星搭載時計の2*1強いて言えば「IERS規定」だが、適切な邦訳はなく、このままの語で用いられることが多い。*22005年3月、International “GNSS” Serviceと改称。*3BIPMで決定される協定世界時UTCに対して、各国の標準機関で決定するUTCを慣例的にUTC(k)と呼称する。*4GPS時系に対する衛星搭載原子時計の時刻オフセット。現在ではIGSが全世界の観測ネットワークで受信したデータから推定してフリーで提供している。152 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)5 時空標準計測・⽐較技術
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