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時刻ずれを相殺できるという利点がある。一方で、2地点間の距離が遠くなるほど、共通視野に見える衛星の個数が減るとともにその視線方向が低仰角となるため、データ数の減少や大気・電離層での伝播遅延誤差の影響で精度が劣化する。現在ではGPS衛星から発射されるL1とL2の2つの周波数信号を用いて電離層伝播誤差を除去する手法が確立しており[9]、GPS供視法の比較精度は、おおむね平均化時間1日で1ナノ秒程度に達成する[10]。【GPS全視法(GPS All in View)】GPSの基準時系であるGPS timeに対する各衛星の時計のずれ(クロックオフセット)が既知とすれば、任意の衛星を介した時間周波数比較ができる[11]。したがって、共通視野に見える衛星に限定せず、各々の観測点で視野内の全衛星のデータを用いた比較ができ、この手法を「GPS全視法(GPS All in View)」と呼ぶ。ただし、衛星から放送される軌道情報(放送暦)を用いる限りは、その決定精度1m及びクロックオフセット精度2.5ナノ秒で制限され、例え長基線であってもGPS供視法に比べて精度が劣る。一方、前述にあるように、1998年以降、国際GPS事業(IGS、2005年に「国際GNSS事業(International GNSS Service)」に改称)の観測網に参画した世界各国の標準機関においてUTC(k)を基準とした観測が実現し、IGSにおける衛星クロックオフセット推定の劇的な改善が達成された。これを踏まえ、IGSは、前世紀の終わり頃から、高精度に決定した衛星クロックオフセットとGPS衛星の軌道をftpやWEBサイトで公開している[12]。IGSが公開するこれら情報の精度は、観測から2週間後程度で提供される最終版(final orbit and clock)で、衛星クロックオフセットが20ピコ秒、衛星軌道が2.5cmの精度に達している。また、2019年現在では、観測終了後2日程度で提供される高速版(rapid orbit and clock)でも、クロックオフセットと軌道が同程度の精度で提供されている。これらの情報を用いることで、放送暦を用いていた場合に比べてGPS全視法の精度は2桁以上向上する[11]。【精密単独測位(PPP: Precise Point Positioning)】先に述べたGPS供視法やGPS全視法では、市販のカーナビゲーションシステムや登山用GPS機器等と同様に、衛星-地上の受信機間での擬似距離による測位計算から得られたデータを用いて時間周波数比較を行う。一方、1980年代半ば頃から急速に発展した精密GPS測量の分野では、サブセンチメートル精度での観測点位置を求めるために、当初より搬送波位相データを用いてきた。初期に開発された解析手法では、衛星時計や受信機時計のオフセットを相殺するために、各々の観測量を引き算して得られる二重位相差データを解析に用いたため、本質的に時間周波数比較には使えなかった。その後、1990年代後半に観測データの差分を行わない精密単独測位(PPP: Precise Point Positioning)が開発され[13]、前述の衛星クロックオフセットや衛星軌道情報の高精度化と相まって、差分を取ることなくサブセンチメートル測位が実現した。PPPは急速に普及し、二重位相差方式と遜色なくプレート運動や地殻変動計測が可能であることが実証された他、中性大気による伝播遅延も精度良く推定できることが確かめられ、GPS観測網から推定した水蒸気情報を天気予報に生かす、いわゆる「GPS気象学(GPS meteorolo-gy[14])」の実用化にも寄与した。PPPでは、未知パラメータとして観測局の3次元位置や中性大気遅延量と同時に受信機のクロックオフセットを推定する。そこで、測地分野でのPPPの有効性が確認されたことを踏まえ、このクロックオフセットを時間周波数比較に用いる試みが前世紀の終わり頃から始まった。当初は、例えば米国NASAのジェット推進研究所(JPL : Jet Propulsion Laborato-ry)が開発したGIPSY(GNSS-Inferred Positioning Sys-tem and Orbit Analysis Simulation Software)[15]等、測地分野で使用される専用ソフトウェアを用いた解析を行う必要があり、かなり高度な測地学的な専門知識を要した。その後、2003年10月からカナダの天然資源省(NRCan: Natural Resources Canada)が、CSRS-PPP(CSRS - Precise Point Positioning)という名称でWEBベースでのPPPサービスを開始し、時間周波数比較の研究者が容易にPPPを実行できる環境が整った[16]。また、並行して世界の主だった標準機関でも、IGS観測網同様の測地用二周波受信機の導入が進み、現在では、PPPはGPS時間周波数比較の主流となり、UTCの高精度維持に不可欠な手法として確立している。PPPにおいて、位相データの不確定性は本来整数値のバイアスであるが、従来はその推定手法が確立していなかったため、この不確定性を浮動小数点で取り扱う手法が主流であった。近年、IPPP(Integer PPP)、あるいはPPP-AR (Ambiguity Resolution)といった波数不確定性整数値の決定手法が確立し、GPS時間周波数比較の精度向上に寄与している[17]-[21]。例えば、2017年にNICTと韓国標準機関である韓国科学技術研究院(KRISS: Korea Research Institute of Stan-dards and Science)との間で実施した周波数比較実験では、搬送波位相方式の衛星双方向比較(TWCP)とIPPP比較の二重差で10-17台(平均化時間:250 000秒)1535-1 高精度時間・周波数計測と測地学

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