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の安定度を達成したが、この値はTWCPと従来のPPP比較の二重差に比べて1桁凌りょう駕がしている[22]。【マルチGNSS時代のGNSS時間周波数比較】GPSに加え、前世紀の終わり頃にロシアのGLONASSの本格運用が始まった。その後、EUによるGalileo、中国によるBeiDou、我が国の準天頂衛星システム(QZSS)、あるいはインドのIRNS等、次々にGNSSの拡充が続き、これらを用いた時間周波数比較の検討が議論される時代となっている。しかしながら、2019年現在において、各GNSSが各々独自に維持する時系(例:GPS時系、GLONASS時系、Galileo時系等)間オフセットの具体的な決定法が確立していないため[例えば衛星航法システムに関する国際委員会(ICG: International Committee on Global Navigation Satel-lite Systems)ワーキンググループD“Working Group on Reference Frames, Timing and Applications”主催のワークショップでのプレゼンテーションなど[23]*5]、マルチGNSSでの時間周波数比較手法はいまだに開発段階にある。2.3VLBIによる時間周波数比較【黎明期】超長基線電波干渉計(VLBI: Very Long Baseline In-terferometry)は、複数の電波望遠鏡を用いて、銀河系外の電波星から受信した信号を相関処理することにより、距離を隔てた望遠鏡間の距離と方向をミリメートル精度で、また地球の自転速度変動を1000分の1秒ないしはそれ以上の精度で計測可能な宇宙測地技術である。VLBIの解析では、共通の電波源から到来する信号の遅延時間差が基本の観測量である。この中には2地点間の相対位置のほかに、各々の観測局の基準時計(水素メーザー原子時計)間の時間差(クロックオフセット)や中性大気中での伝播遅延等が含まれ、解析処理の中で未知数として推定する。ここで推定されるクロックオフセット値を時間周波数比較に応用するアイディアは比較的早い頃には知られており、1980年代には米国NASA深宇宙探査局(DSN: Deep Space Network)での実験において、平均化時間1日で10-14の安定度結果[24]が得られている。その後、1980年代後半には、当時の通信総合研究所時代に浜らによるゼロ基線実験[25]及び吉野らによる当時の首都圏地殻変動観測計画 (KSP: Key-stone Project)観測網を用いた短基線実験[26]が行われ、VLBIを用いた時間周波数比較の有効性が示された。GPS時間周波数比較は高精度な衛星軌道情報と衛星クロックオフセット、あるいはTWSTFTは商用通信衛星の運用という第3者に強く依存し、必ずしも長期にわたる運用が保証されていないとの指摘がある[27]。一方で、VLBIは自己完結したシステムであり、左記のような制約がなく、国際時間周波数比較での代替手段として有望とみなせることから、今世紀に入ってVLBI時間周波数計測分野の研究は主に我が国と欧州において本格的に検討されるようになった。【欧州におけるVLBI時間周波数計測研究】スウェーデンの標準機関であるSP*6のCarsten Rieckは、チャルマーズ工科大学オンサラ観測所(Chalmers University of Technology, Onsala Space Observatory)のVLBI研究者であるRudiger Haasらと協力して2000年代中頃からVLBI時間周波数比較の実証実験を始めた。彼らは、2008年8月に実施され世界11観測局が参加した国際的なVLBIキャンペーン観測CONT08のデータ解析から、平均化時間1日で安定度1.5×10-15に達する結果を得た[27]。その後、2011年9月に実施された同様のVLBIキャンペーン観測CONT11のデータ解析では、平均化時間1日で1.0×10-15の安定度に達する結果を得た。これらの実験結果は、いずれもGPS時間周波数比較結果とも調和的であった。一連の成果を踏まえ、大陸間でのVLBI時間周波数比較が実用レベルにあることが確認された[27][28]。2016年、イタリア北部トリノにある国立計量研究所(INRIM: L'Istituto Nazionale di Ricerca Metrologi-ca)の光周波数コムから生成された標準信号を、イタリア半島の付け根に位置する国立天文物理学研究所(INAF: Istituto Nazionale di Astrofisica)のメディチーナ(Medicina)VLBI観測所まで550 kmのファイバーにより伝送するVLBI実験が行われた。メディチーナVLBI観測所では、INAFからの信号のほかに従来の観測所内の水素メーザー原子時計からの信号もVLBI装置に供給し、双方を切り替えながら観測の品質を評価したところ、INRIMからの信号を用いた観測でも従来と遜色ない結果を得ることに成功した[29]。この実験の成功を背景とし、後述の日伊VLBI時間周波数比較実験の実施につながった(図1)。同じ頃、ポーランドでも類似のVLBI観測局への遠隔光標準信号伝送実験に成功している[30]。*5このワークショップ全体のプレゼンテーションは(http://www.unoosa.org/oosa/en/ourwork/icg/activities/2019/time2019.html)で見ることができる。*6かつては”Statens Provningsanstalt(スウェーデン語)”の略称としてSPと呼称したが、現在の正式名称は”SP Technical Research Institute of Sweden”であり、SPは略称ではない。154   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)5 時空標準計測・⽐較技術

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