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odesy (相対論的測地学)”とした[38]。また、Bjerham-marは、高性能の時計からの周波数信号が供給されたVLBI観測により、2地点間での重力赤方偏移に起因する周波数差を求め、これにより両観測局間での重力ポテンシャル差を検出する可能性についても述べている[38]。当時は最も高精度とされた水素メーザー原子時計でも、測定可能な周波数差は1日平均で10-15台であった。地表付近での重力赤方偏移に起因する周波数差は1.1×10-16/m程度であり、Bjerhammarの論文でも、水素メーザー原子時計を用いることで、最高2m程度の精度でポテンシャル差検出が可能という見積もりが示されている。また、彼は口径4 mのアンテナを用いた可搬型VLBI観測局による周波数差測定の可能性について指摘しており、前項で紹介した日伊超小型VLBI局実験の実に30年以上も前に同アイディアを提言したことは、彼の先見性を示すものといえる。現代では、Relativistic Geodesyの語は、重力ポテンシャル計測のみならず、従来の重力測定(gravime-try)や重力偏差測定(gradiometry)、あるいは相対論効果と不可分な宇宙測地計測をも包括した表現で使用されることが多い[39]。一方、先のChronometric lev-elingについては、最近では“Chronometric Geodesy”として限定された範囲で使われつつある[39]。3.1光格子時計“Relativistic Geodesy”が従来の絶対重力測定や水準測量の精度と同レベルで議論が可能となったのは、2002年に提唱された光格子時計[40]以降のことである。当時から水素メーザーやセシウム等の従来の原子時計の周波数安定度を2桁から3桁上回ると予想された光格子時計は、2005年に実証されるに至る[41]。その後香取らは、光格子時計を用いた10-18の不確かさでのジオイド計測(仮想的に地表面と一致する地球の等重力ポテンシャル面)の可能性を示した[42]。同じ頃、光ファイバーで結合されたNICTと東京大学の双方のSr光格子時計を直接周波数比較することに世界で初めて成功し、平均化時間10分で10-16台の周波数安定度を達成した[43]。また、この実験において、NICTと東大との標高差約56 mに起因する重力赤方偏移をリアルタイムで検出できることが実証された。3.2内外における光周波数標準研究と測地学NICT–東大実験以降、光周波数標準を用いたRela-tivistic Geodesyの研究は、内外で積極的に研究が進められるようになる。国内では、光格子時計による重力ポテンシャル差測定の実証のため、2015年9月に東大と理研双方のSr光格子時計との間を30 kmのファイバー(両地点の距離:15 km)で結合して周波数比較を行う一方で、国土地理院の協力で双方間での水準測量を行う実験を行った[44]。その結果、双方の周波数差は5.9×10-18の精度で計測され、その比較から推定される高度差と水準測量の結果は5 cmの精度で一致することが確かめられた。水準測量は、大気屈折による計測誤差や機器の測定誤差が距離の増加に依存して累積されるため、長距離の計測では不利となるうえに、多大な人的リソースや観測時間を要するためリアルタイム計測は不可能である [45][46]。一方、ファイバーで双方の光格子時計が直接接続されている限り、周波数差計測の精度はほぼ同じであり、特に長距離では水準測量を遥かに凌りょう が駕する高度差測定をリアルタイムで可能と期待される[46]。さらに最近では、東大と国土地理院が共同で実施した、東京スカイツリーでの光格子時計による重力ポテンシャル差測定実験が記憶に新しい[47]。NICTでも、光周波数標準の開発において特に最近の数年間の進捗は目覚ましい。詳細なレビューは井戸[48]に譲るが、蜂須らによる初の大陸間光格子時計周波数比較実験の成功[49]や蜂須ら[50]による、一週間ごとに3時間、約半年間のSr光格子時計の運用で、従来のセシウム一次周波数標準を上回る精度で水素メーザー校正の実証は顕著な成果である。特に後者は、TAIの高精度維持という観点から画期的な成果と言える。また、長時間運用という面で不利とされていた光格子時計を連続観測が不可欠な測地分野に応用するうえでの寄与も期待できる。国外では、2012年にドイツの標準機関であるドイツ物理工学研究所(PTB: Physikalisch-Technische Bundesanstalt)とマックス・プランク研究所(MPQ: Max Planck Institute of Quantum Optics)との間、920 kmのファイバーリンクで双方の光周波数コムを結合する周波数比較実験が行われ、平均化時間1000秒で10-18台の周波数安定度を達成し、長距離での高精度光結合周波数比較が可能なことを示した[51]。これ以降、ドイツを中心とする欧州の時間・周波数計測分野の研究者は測地研究者との連携を強化し、EU域内での光周波数標準を用いた測地観測の実現に傾注するようになる。例えば、2012年にスロヴァキアで開催されたワークショップ“Relativistic Positioning Systems and their Scientific Applications”の発表論文集として、2013年に発行されたActa Futura誌の第7号[52]では、相対論的測地学時代におけるGNSSの位置付や科学成果への期待がまとめられた。この号の中で、Delva and J. Lodewyck[53]は、1950年代以降の原子時計の開発経緯をまとめ、2000年代後半頃から光周波数標準がマ156   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)5 時空標準計測・⽐較技術

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