比べ高額な費用が必要とされる。NICTでは8つの受信チャンネルをもつモデム(衛星双方向で用いられる信号送受信機を意味する)を開発し、同じ周波数帯域を同時に複数の地球局で使用し周波数の効率化による回線費負担の軽減を進めてきた [5]。GNSS比較では、受信機がマルチチャンネル化し平均化により計測精度数ナノ秒を達成した後に、搬送波位相利用が時刻比較に取り入れられ計測精度はサブナノ秒へと向上している [6]。一方、衛星双方向方式においても2004年にアメリカ海軍天文台(USNO)が搬送波周波数利用を提案した [7]。USNOは計測精度をピコ秒以下へ向上させることに成功したが、中長期の不安定性を取り除くことができなかった。その後複数の研究機関において搬送波位相または周波数利用の研究が継続されたが、実証にまでは及ばなかった [8]。その原因としては、多くの研究機関で用いられている衛星双方向モデムが搬送波周波数を出力するのみであり、かつその分解能と確度が不足していたためではないかと考えられる。NICTでは、衛星測位の基礎実験を目的として2006年に打ち上げられたETS-VIII衛星経由の時刻比較実験をLバンド、Sバンド周波数の搬送波位相によって実施し、初めてGPS比較法による結果との一致を実証した [9]。さらに雨谷らは数100 kHzという狭帯域の信号2つを離れた周波数に配置することにより、コード位相チップレートを実効的に上げることに等しい複疑似雑音方式の衛星双方向技術を開発した [10][11]。NICTと台湾の間で行われた実験では、20MHz離した信号による群遅延検出により30ピコ秒の計測精度を達成し、GPS搬送波位相利用と遜色ない結果を得ている [12]。この方式は計測精度の向上と衛星回線費の低減を実現する有望な方式であるが、2つの信号をどのくらい離して配置できるかは衛星帯域の使用状況に依存してしまう。様々な周波数配置に対応するため、この実験では汎用の任意波形発生器とアナログ-デジタル変換器を用いて実施された。このように搬送波位相利用の理論と位相検出のためのツールの双方を手にした我々は商用静止衛星を用いた搬送波位相利用衛星双方向(TWCP)の実験を開始した。初めは国内の地球局間で実験を始め、サブピコ秒の計測精度が可能であることを確認した[13]。次いでドイツ物理学研究所(PTB)との間約9000 kmの基線において衛星経由で初めての光格子時計比較を実施した[14]。また大阪大学との間では光イオン時計から生成されたマイクロ波をリファレンスとし仲介時計不要の計測に成功し、高価格な水素メーザー原子時計がなくても光周波数の評価が可能であることを示した[15]。この実験は、可搬型地球局を大阪大学に設置し実施された。海底光ケーブル利用がまだまだ容易でない現在の日本では、海外の周波数標準と比較するためには視野の広い衛星経由等の比較法を使わざるを得ない状況にあるが、ワイヤレスであるからこそ柔軟に実験場所を選択することが可能である。また最近では韓国物理標準研究所(KRISS)との間で、僅か12時間の計測時間で10-16乗台の光格子時計比較に成功している[16]。我々は、TWCP技術を広く展開し、長らくの間停滞していた衛星双方向技術の計測精度を底上げするために、コード及び搬送波位相双方による測定を実現するモデムを開発したところである。このようにNICTでは、1970年代から衛星双方向技術の開発に力を入れ、この分野を牽引してきた。本稿では、2においてTWCP技術の概略とその計測精度を、3において新規に開発したモデムについて紹介する。4にまとめと今後の展望を述べる。TWCP2.1TWCPによる時刻差計測地球局A, Bがそれぞれの局のリファレンス信号(10MHz及び1 pps)を基に同時に信号を送受信する。それぞれの地球局は自分が送信し衛星から折り返された信号及び相手局が送信した信号の2種類の信号を受信する。合計4種類となる受信信号の搬送波位相を用いて、未知であるパラメーター: 衛星のトランスポンダで付加される位相及びそれぞれの地球局と衛星間のドップラ周波数をキャンセルする。最終的に地球局A, B間の時刻差 は以下のように表すことができる [17]。4 412 ここで, はアップリンク、 ダウンリンクの角周波数、 は地球局Aが送信し地球局Bが受信した信号の搬送波位相及びその逆、, は地球局Aの送受信信号の搬送波位相及び地球局Bの送受信信号の搬送波位相を示す。また、, は地球局Aと衛星間のアップリンク及びダウンリンク周波数における電離層遅延量を表し、, は地球局Bと衛星間の電離層遅延量である。電離層遅延量は周波数依存性があるため、アップリンク周波数とダウンリンク周波数が異なる衛星双方向方式においてキャンセルされることはない。従来のコード位相による衛星双方向ではその計測精度2(1)162 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)5 時空標準計測・⽐較技術
元のページ ../index.html#168