れるADCではデジタル信号への変換は内蔵発振器から生成されたクロック信号を基準とするため、そのままでは時刻比較に使用できない。NICT鹿島宇宙技術センターでは超長基線電波干渉計(Very Long Base-line Interferometer: VLBI)[5]の研究を行っており、観測のみならず測定に必要な優れた装置開発も行っている。時刻比較における遠隔地に置かれた原子時計間の時刻差計測は、正確な時計を基準として電波星からの遅延差計測を行うVLBIと原理的には同じであり、VLBIの技術を基に開発された汎用のADCを時刻比較ではそのまま使用できる。本稿では、SDRによる時刻比較のための装置としてNICTが開発した時刻比較用GPS(Global Position-ing System)受信機[6]と複擬似雑音方式[7]について、その詳細を述べる。時刻比較用信号GNSSでは、同一周波数上に複数の衛星信号を混在可能なようにスペクトラム拡散方式による符号分割多重(Code Division Multiple Access: CDMA)が採用されている。拡散方式としては、搬送波位相を180度反転させるBPSK(Binary Phase Shift Keying)が採用されており、拡散符号としては擬似雑音(Pseudo Ran-dom Noise: PRN)符号が用いられる。この方式の利点は、拡散符号を復調する際に行う相関処理により、衛星と受信機間の信号到達時間を高精度かつ容易に求められる点がある。衛星双方向方式でも、GNSSにならってPRN符号を用いたBPSK変調方式が採用されている。伝搬時間を求めるためのPRN符号を用いた群遅延測定では、受信信号と受信機内部で生成した複製信号との間で行う相関処理の帯域が遅延精度を決定する[8]。ハードウェア受信機の論理回路で相関処理を行う場合、広帯域化による処理時間の増加を考慮する必要はさほどないが、SDRでは相関帯域を広げることは、サンプリングによる時系列データが増加し、結果としてCPUで処理するデータ数の増加に直結する。また、伝搬時間の特定は群遅延のみを用いた場合より、拡散符号から再生した搬送波の位相差情報を用いた方が、その決定精度は100倍近く改善する。ただし、GNSSの搬送波はL帯を使用しているため、データ数を減らすために間欠的な観測にしてしまうと位相の連続性が失われてしまい正しい伝搬時間を再生できなくなる。このことから、高精度な時刻比較を実現するためには、広帯域なサンプリングデータの取得と、搬送波位相を利用する場合は途切れない観測が要求されることになる。相関処理によって得られる相互相関関数は、時間領域での処理は入力されたサンプリングデータと受信機内で複製した-1, 1からなる時系列データの畳み込み積分から求まる。また、周波数領域で考えた場合は、両信号をフーリエ変換した結果の複素積として得られるクロススペクトルを逆フーリエ変換することによって求まる。ソフトウェアで相関処理を行う場合、パソコンのCPUで時系列データを用いて時刻比較で要求される精度を満足するための畳み込み積分を、入力信号の欠落を生じることなく行うのは極めて困難であり、高度なプログラミング能力が要求される。一方、フーリエ変換の必要はあるが、周波数領域では単純な掛け算で求まることから、データ個数分の演算装置があればその処理時間はたった1クロックで終わることになる。ゲーム用に開発された画像処理ボード(Graphics Processing Unit: GPU)は、複雑で高精度な3Dイメージをゲームプレーヤーの操作に合わせて操作者が違和感を抱くことなく描画する必要性から、ピクセル単位で処理する高度なマルチスレッド処理が要求される。このため、市販されているGPUは高度に並列化された演算装置となっており、大量のデータ処理が必要となる科学技術計算においても使用可能である[9]。開発メーカーのひとつであるNVIDIA社は早くからGPUの並列演算装置への対応を行っており、GPU固有の内部命令を理解せずともC言語などの高級言語から簡単に並列演算を可能とするツール(CUDA)の無償提供を行ってきた[10]。CUDA Toolkitでは高速なFFTライブラリも同時に提供されており、NVIDIA製GPUとCUDAによるデジタル信号処理は、時刻比較に必要な精度をサンプリングデータの欠落なく処理するソフトウェア開発を容易にした。時刻比較用GPS受信機3.1アナログ部GPS衛星が送信する測距信号はL1(1575.42 MHz)帯、L2(1227.6 MHz)帯とL5(1176.45 MHz)帯の3周波の搬送波に、衛星ごとに割り当てられたPRN符号で拡散された信号が送信されている。L1、L2帯には符号周期が10 MHzの軍用符号(P-Code)と1 MHzの民生用符号(L1 C/A,L2C)がある。民生用符号は生成多項式が公開されており、コード周期も短いことからソフトウェアで相関処理を行うことができる。受信した信号をデジタル信号に変換するためのADCとしては、サンプリングタイミングを原子時計から供給される10 MHzと1 PPSに同期可能なK5/VSSP32[11]を使用した。K5/VSSP32の諸元を表1に示す。23168 情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)5 時空標準計測・⽐較技術
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