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近年の計算機能力の向上の結果、広帯域フィードの研究・開発が盛んになってきた。例えば先に述べた次世代の測地VLBIプロジェクトのVGOSでは2–14GHzを一挙に受信できる広帯域フィードを開発し、これに適合する口径10数mクラスのレフレクタアンテナを新規に建設して運用を始めている。使用周波数や帯域幅は異なるが電波天文で進行中のSKA計画では、様々な波長帯での電波源天体や星形成領域のスペクトラムや星間吸収の観測を目的にVGOSと同様の広帯域フィードを利用したアンテナ光学系を開発している。しかし既存の大型アンテナ、特にカセグレンアンテナの改修に使用できるものは無く、鹿島では独自に開発することとなった。2.2広帯域化の原理と開発指針フィードに用いるアンテナの構造は大きく分けてパッチアンテナやダイポールアンテナのような共振アンテナと、ホーンアンテナのような進行波アンテナの2つである[7]。前者は共振器からの漏れ電磁場が空間と結合しアンテナとして動作するのだが、広帯域化のためには共振周波数が異なる複数の素子が必要で、構造が複雑になる。後者は導波路から空間へ、インピーダンスとモードが徐々に変わりながら望ましい電磁波分布の形状となればよいので原理的に広帯域化しやすい。直径dの領域から放射された波長λの電磁波のビーム幅はλ/dで近似できる。Maxwell方程式は抵抗などの散逸過程がなければ時間反転に対して対称なので、まずは受信アンテナとしてフィードの設計を考えることにする。天空の電波源からの電波がパラボラ鏡面で反射し焦点に置かれたフィードアンテナへ向かうときの電磁場分布は鏡面の中心から淵までは平坦かつ縁で急峻に0になる分布を初期値とし、形状を変えながら伝播して焦点に置かれたフィード開口に達する。その時にフィードを通ってアンプにつながる伝送路へ損失なく伝送できる分布になっていればフィード開口での反射が起きず、鏡面全体で無駄なく集光できたといえる。このアンテナの実効的な面積と幾何的面積の比を開口能率という。この過程を逆にして送信で考えれば、フィードが鏡面を照らすビームの幅はフィードからの鏡面の見込み角と同じで、その中での電力分布が均一であれば理想的である。しかし周波数に応じてλが変わってもフィードの開口領域の物理的な大きさdは不変であるから、周波数に応じてフィードのビーム幅が変わることになる。つまり鏡面とフィードの間でモードの不整合が起き、鏡面の使用効率、つまり開口能率が悪化する。しかしフィードの開口径が変えられなくても、電気的な開口径が波長に応じて変化するなら効率の良い広帯域フィードが実現できるだろう。これが広帯域フィードの開発の基礎となる考え方である。これまでは概念の説明のためにビーム幅をλ/dで近似したが、無限遠方での正確なビームパターンは開口面の電磁場を角度方向に空間周波数でフーリエ変換して得られる。これが近傍界測定器でビームパターンが測定できる原理であるし、広帯域フィードの実現には開口面での電磁場分布の積極的な制御が必要な理由でもある。なお、VLBIなどの干渉計では素子アンテナを含む仮想的なアンテナ面に各素子アンテナが作る小さな開口があると見立ててフーリエ変換をすれば干渉計のビーム形状が得られ、素子アンテナ間の距離が伸びれば分解能が上がるが、集光力は上がらないことが理解できる。広帯域フィードの実装で、一番簡単な方法は低周波用の大きなフィードと高周波用の小さなフィードを入れ子にすることだろう。あるいは周波数によって位相や振幅が変化する高次モードをうまく重ね合わせて適切な開口面電磁場分布を実現してもよい。使用周波数と設置場所の容積に応じて様々な実装が考えられるが、研究に使用するフィードである以上は実用的な時間内に数値計算が終わり、製作できる必要がある。なお、本稿で問題にする開口能率は主鏡の能率であって、フィード単体のものではない。フィードの設計指標はフィード単体のゲインではなくアンテナ光学系を照らす際のビーム形状である。パラボラやカセグレンなど軸対象な光学系と組み合わせて良好な開口能率を得るためにはフィードのビーム形状が軸対象かつ交差偏波やフィードの反射損が少ないことも必要である。このために電波天文などで広く使われてきたコルゲートホーンによるフィードではコルゲート導波管のHE11モードのみが使われているが、これに似た電磁場分布は円形導波管のTE11モードとTM11モードを適度な振幅比と位相差で合成しても得られる(図2)。モードの数を増やせば電磁場分布の制御の自由度も大きくなる。コルゲートホーンではHE11モードしか使われないため、カセグレンアンテナで開口能率を向上させるにはフィードのビーム幅以外の自由度がない。図2 理想導体壁の円形境界内の電場分布左からTE11モードとTM11モード、両者を適切に合成して交差偏波を減少させた状態1835-5 広帯域アンテナの開発

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