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まとめと今後の展望本稿では鹿島における広帯域アンテナの開発、特にフィードとOMTを紹介した。これらは当研究室のアンテナに搭載され、周波数帯域3–15GHz程度で実用的な性能を持つことを確認している。実験目的である原子時計の周波数比較についてはS帯/X帯の2波のみを使用していた初期のMARBLEから3桁改善した10-16乗台に、測地精度はMARBLE間の基線長10kmに対して2mmを目標にしていたところを8784.56kmに対して16mm程度に達している[15][18][19]。大口径を活かした鹿島34mアンテナをハブとした実験の後は、各国で建設され測地VLBIに使用されつつあるVGOSアンテナをハブにして実用性と汎用性を検証したいと考えている。表1に示すとおり鹿島34mアンテナより駆動速度が高くて多くの天体を素早く切り替えでき、観測天体数を増やせるからである。本稿で述べた広帯域フィードは簡素な構造のため加工が容易で高周波数化しやすく、しかも様々な既存のアンテナに搭載することを念頭に開発したのでビーム幅の調整自由度が高い。実際に過去8年間で2種類の異なる構造と3種類のビーム幅の広帯域フィードを開発したが、パラボラからカセグレンまで搭載場所さえ確保できれば改修するアンテナを選ばないのが強みである。今後もVLBIへの応用のみならず大気中の水蒸気量の精密測定や違法無線の監視、地球外文明探査など多彩な応用が期待できよう。現に2018年度から科研費により大気中の水蒸気量を精密に図るシステムの開発を開始したところである。この計画では18–64GHz程度の広帯域フィードで20GHzの水蒸気とともに50GHz帯の酸素、30GHz帯の雨滴量を同時に測り、20GHz帯のプロファイルを正確に補正して水蒸気量を精密に計測できるシステムを目指している。従来の水蒸気ラジオメータでは周波数帯に応じて最低でも2系統のフィードと受信機を必要としていたが、これが1本に簡素化されれば小型化とともに校正の手間も減る。利便性向上とともにコストも下がればゲリラ豪雨の予測や火山活動の調査などでの観測点を増やしやすくなるだろうし、ラジオメータの高精度化はVLBIやGPS測地、原子時計の比較においても大気中の水蒸気による遅延誤差の補正精度の向上にも貢献が期待される。通信や資源探査においても、従来は周波数帯ごとに独立していた複数のフィードを広帯域フィードシステムで1本化できれば、地上局や衛星のアンテナシステムの小型化、低コスト化が期待できる。また、電波を出している周波数の見当がつかない違法無線の監視や地球外文明の探査にも有益だろう。もし最大8本のフィードを有した鹿島34mアンテナと同じアンテナを今作るなら、わずか2本の広帯域フィードで済むうえにフィードごとに飛び飛びであった受信周波数が連続的になるのである。前世紀の衛星通信が盛んなころに建設された大型アンテナの光学系はフィードに狭いビーム幅を要求するカセグレンであることが多いが、その開発をリードしたのは実は日本であった[20]。これらを低コストに広帯域化できるフィードは本稿で述べたフィードが世界唯一であり、国内外からも広く注目されている。アフリカ大陸などで役目を終えた大型の通信アンテナが電波望遠鏡に転用されつつあるが、測地VLBIのVGOS、電波天文での国際プロジェクトであるSKAやヨーロッパでのBRANDプロジェクトのように、アンテナの広帯域化は世界の流れである。旧郵政省・電波研究所の流れをくむ研究室として今後も性能向上を図り、科学の発展と社会に貢献していきたいと考えている。謝辞IGUANA-Hフィードのメタノールメーザ帯受信対応は2013年度、2014年度の国立天文台共同研究開発経費(山口大 藤沢教授代表)で開発し、NINJAフィードの原型は2013年度NICTインセンティブ経費による開発である。フィード及びOMTはNICT試作室が製作し、ビームパターンの測定は京大METLABで行なった。鹿島34mアンテナの鏡面調整、MARBLEを含めアンテナ搭載時の性能測定は時空標準研究室 岳藤一宏主任研究員ほか研究室員の協力による。最後に、長年にわたり技術開発を支え、2019年9月の台風15号で運用を停止した鹿島34mアンテナに謝意を捧げる。41915-5 広帯域アンテナの開発

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