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計開発の花形であるが、時刻合わせを簡便にする研究はあまりなされていない点に着目して私たちは研究を進めている。ここで言う「簡便」とは「安くて小さくて使いやすい」ことを意味しており、その実現のために無線通信技術を活用した。「安くて小さい」の部分は既存の民生用無線通信機を活用することで実現した。高精度時刻同期の難しさ私たちが時刻合わせを行うシーンを思い浮かべて欲しい(図2)。複数の人が壁にある時計を見て自分の腕時計の時刻を合わせるとすると、この2者の時計は壁の時計に対してどれくらいの精度で時刻を合わせることができるだろうか?ここで人の反射神経を無視することにしても、ズレは必ず生じてしまう。なぜなら私たちが離れたところにある時計の時刻を「見る」とき、時計の映像(信号)が空間を伝搬し目に入るまでに有限の時間がかかるからである。光といえども、1mの距離を進むのに3.3ナノ秒(10-9秒)かかるので、どう頑張っても時計からの距離[メートル]×3.3[ナノ秒/メートル] =伝搬時間[ナノ秒]の遅れが生じてしまうのである。この信号の伝搬に伴う遅延(伝搬遅延)は300m離れても1マイクロ秒にしかならないので、人が時計合わせをする際に気になる遅れではないが、パソコン同士、機械同士が高速に連携を取り合う際には、マイクロ秒レベルで時刻を合わせることで効率を上げることができる。また、電波を用いてミリメートル精度の位置計測をするためにはピコ秒(10-12秒)精度が必要となる。この伝搬遅延を修正するために無線双方向時刻比較技術(ワイワイ)が開発された[1]。その原理を次の章で説明する。ワイワイの原理ワイワイは衛星双方向時刻比較技術をもとに、同じ原理を衛星ではなく無線通信機を用いて実現するという流れで開発された経緯がある。まずは衛星双方向時刻比較技術[1][2]の原理から説明する。3.1(衛星)双方向時刻比較NICTは日本標準時(JST: Japan Standard Time)を維持し、日本国内に供給する役目を担っているので、JSTが協定世界時(UTC: Coordinated Universal Time)とどれだけ一致しているかをモニターすることも重要な任務である。協定世界時と各国の時計の比較はドイツの研究機関であるPTB(Physikalisch-Tech-nische Bundesanstalt)の時計をハブとして比較することになっているため、私たちもドイツの時計と比較する必要がある(図3)。その際に用いられる手法のひとつが衛星双方向時刻比較である。その手順を説明する。1.日本の時刻(TJ)をマイクロ波に乗せて衛星を経由してドイツへ届け、ドイツの時刻(TG)と比較した際の時刻差をΔTGとしてドイツ側で記録する。2.電波で時刻を届ける際に伝搬遅延が発生するため、ΔTGは日本の時刻とドイツの時刻の差TJ -TGに伝搬時間tDを加えたものとなる。∆=−+ 3.tDを求めるためにドイツからも時刻を日本へ送り、日本の時刻との差をΔTJとして日本で記録する。4.ΔTJはドイツの時刻と日本の時刻の差TG-TJに同じく伝搬時間tDを加えたものとなる。∆ = − + 5.日本とドイツで計測した時刻差の差を取ると伝搬時間tDがキャンセルしてTG-Tjが計算できる。−=(∆−∆)/2 6.また、日本とドイツで計測した時刻差の和を取ると時刻差TG-TjがキャンセルしてtDが残る。=(∆+∆)/2 以上が双方向時刻比較により正確な時刻差と伝搬時23図2 時計合わせの概略図→ 3→ 6図3 衛星双方向時刻比較の概略図衛星双方向時刻比較技術既存技術時刻差と伝播時間を高精度に計測202   情報通信研究機構研究報告 Vol. 65 No. 2 (2019)6 時空標準技術の社会実装を⽬指して

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